2002年度社団法人千葉県臨床衛生検査技師会一般検査研究班
― 成人病従事者講習会 ―平成14年度 第1回研修会
尿検査に影響を及ぼす泌尿器科疾患

千葉大学医学部 泌尿器科腫瘍重粒子線治療学
五十嵐 辰男

はじめに
 泌尿器科は尿路生殖器を対象とする外科であり、腎糸球体以下の腎盂、尿管、膀胱、前立腺、尿道などの臓器が治療対象となる。尿はこれらの臓器に発生した疾病の情報を含んでいることが多いので、尿検査は泌尿器科医にとって重要な診断手段のひとつである。図1に地域基幹病院における疾患別の外来患者数を示す。多くの症例の初期診断に尿検査が有用であることが理解できる。尿沈渣異常のうち頻度の多い血尿、膿尿・細菌尿を中心に、それらの背景として考えられる病態生理を述べる。

血尿
 血尿は症候的に、顕微鏡的血尿と肉眼的血尿にわけられる。肉眼的血尿の方が出血の程度が激しいので、その背景にある疾患はより重症度が高いと考える必要がある。病因的にみると、血尿は糸球体血尿と非糸球体血尿に分けられ、泌尿器科で扱うのは非糸球体血尿である。尿路で非糸球体血尿をきたす疾患は、悪性腫瘍、炎症、結石・異物、外傷・放射線障害、先天奇形、血管病変、尿路通過障害に大別できる。Greeneら1, 2はこのような血尿をきたす疾患を、生命を脅かす程度や治療の緊急度によって分類した(表1)。

このうちLife-threateningは生命にかかわる疾患であり、尿路生殖器の悪性疾患や腹部大動脈瘤が含まれる。Significant, requiring treatmentはすぐに生命を脅かすほどではないが、なんらかの治療を要する疾患が網羅されている。Significant, requiring observationは、すぐには治療を要さないが、経過観察を要する疾患群である。Insignificant lesionsは病的意義のうすい病変であり、腎嚢胞、重複腎盂、骨盤腎、腎盃憩室、前立腺結石、膀胱・尿道ポリープなどが含まれる。

血尿をきたす機序は結石、外傷のように血管の外的な損傷により生じる場合や、癌のように非生理的な血管構造の破綻による場合、および尿路の静脈圧の上昇により血管が破綻する場合が考えられる。尿路の静脈圧血尿をきたす代表的な良性疾患はnut cracker現象が挙げられる。は解剖学的に腹部大動脈と上腸間膜動脈の間を走る左腎静脈が、なんらかの理由によりこれらの動脈にはさまれた結果、左腎静脈圧が上昇して尿路系に出血をきたした状態である。
無症候性顕微鏡的血尿の頻度は統計をとる対象により異なるが、人口の10%内外に認められると思われ3, 4, 5、加齢とともに増加する傾向にある6
 顕微鏡的血尿を認める患者さんのうち、泌尿器癌が診断される頻度は1.2〜5.0%と報告されている1, 3, 4, 7, 8。この頻度は加齢とともに上昇し、60歳以上では8.2%と報告されている9。高齢者の無症候性顕微鏡的血尿では泌尿器癌を念頭に置かねばならない。
 血尿をきたす泌尿器癌でもっとも多いのは膀胱癌であり、約85%の症例で血尿を認める。腎盂尿管癌がこれに続き、約75%の症例で血尿を認める。一方腎癌では約40%に過ぎず、われわれの集計では顕微鏡的血尿を主訴とする腎癌症例は全体のわずか1.7%であった。近年では偶然発見腎癌の割合が増加しており、この傾向が続くと思われる。
 当然ながら泌尿器癌の診断のために尿細胞診を併用することが必要である。ちなみに尿細胞診の感度は腎盂・尿管癌で52.0 % 10、膀胱癌で53.8 %7である。

膿尿・細菌尿
 膿尿・細菌尿は尿路感染症の存在を示唆する。ただし女性の自然尿の場合、外尿道口付近の白血球が混入することがあるので、このような場合には無菌的に導尿を行ない、膿尿を否定することができる。
尿路感染症にはまず急性膀胱炎や急性腎盂腎炎のような急性単純性尿路感染症と、尿流障害を背景とした複雑性尿路感染症がある。急性単純性尿路感染症の際には排尿痛や発熱のような症状をともなうので、診断、治療は比較的容易である。一方、複雑性尿路感染症は通常は無症候または軽い症状を示すのみであるが、尿流障害の悪化とともに急性増悪を繰り返すので、膿尿、細菌尿の背景として念頭におく必要がある。尿路結石、尿路内異物も複雑性尿路感染症の一因である。
尿路手術後3ヶ月、前立腺炎、精巣上体炎、尿道炎、尿路真菌症、尿路結核なども膿尿の原因である(表2)
(表3)にそれぞれの診断基準を示した。


診断手順、検査法
超音波断層法
超音波断層法による腎の形態診断により、腎、腎盂の腫瘤性病変、結石、水腎症が診断される。血尿の場合では悪性疾患の診断が、膿尿の場合では上部尿路の尿流停滞の有無が診断される。超音波断層法は簡便、低浸襲である点がスクリーニング検査として優れ、これを施行した24.5 %の症例にsiginificant lesionsが発見されている7

膀胱・尿道鏡
 膀胱・尿道鏡は超音波断層法より浸襲が多いが、解像力に優れる。膀胱・尿道鏡は主に出血の部位診断と、排尿障害の検査にもちいられる。また尿管口の形状を観察することで、膀胱尿管逆流症の診断に用いられることもある。

膀胱造影、排泄性膀胱・尿道造影
 膀胱造影は、かつては膀胱癌の部位診断に用いられていたが、CT、MRIのような画像診断が普及して以来、もっぱら尿失禁のような膀胱底部の形態診断にもちいられるようになってきている。膀胱破裂の場合にもっとも確実な診断法である。
排泄性膀胱・尿道造影は、膀胱尿管逆流症や下部尿路閉塞疾患の診断に有用であるので、無症候性膿尿・細菌尿の診断に用いられる。

静脈性腎盂造影
分腎機能がわかるだけでなく、腎盂・腎盃、尿管のような管腔臓器の病変の診断に強いが、腎実質病変の検出では、超音波断層法のような画像診断におよばない。腎盂・尿管癌、上部尿路結石などの診断に用いられる。
逆行性腎盂・尿管造影、尿管鏡検査
腎盂・尿管の病変が疑われる際には、逆行性腎盂・尿管造影が行なわれる。これは患側の腎盂・尿管をもっとも明瞭に描出できるだけでなく、採取した腎盂尿の細胞診による診断をおこなうことができる。ちなみに上部尿路上皮癌の、逆行性カテーテル挿入により採取した腎盂尿による診断率は64.3%10〜94.1 %と報告されている11尿管鏡検査も腎盂・尿管の病変診断に有用な方法である。尿管鏡により病変部の生検ができるので、癌のgrade診断も可能である。尿管鏡検査は浸襲が大きくなるきらいがあるが、癌診断に有効であり、画像診断で悪性疾患が疑われる症例に対して行なわれる。 

まとめ
 以上述べてきたように、泌尿器科を受診される患者さんの多くは尿検査により背景にある疾患を推定できる。続いて疾患の種類、部位診断を行なうために検査を組み立てていく。したがって尿検査は泌尿器科診療にとってもっとも馴染みがあり、現在に至るまで重要な検査であるといってよい。しかし採尿法、採尿状況により検査結果が変わる方法でもあるので、解釈には注意する必要がある。

引用文献
1. Greene LF, O'Shaughnessey JEJ, Hendricks ED. Study of five hundred patients with asymptomatic microhematuria. JAMA 1956;161:610.
2. Mariani AJ, Mariani MC, Macchioni C, Stams UK, Hariharan A, Moriera A. The significance of adult hematuria: 1,000 hematuria evaluations including a risk-benefit and cost-effectiveness analysis. J Urol 1989;141(2):350-5.
3. Thompson IM. The evaluation of microscopic hematuria: a population-based study. J Urol 1987;138(5):1189-90.
4. Mohr DN, Offord KP, Owen RA, Melton LJ, 3rd. Asymptomatic microhematuria and urologic disease. A population-based study. Jama 1986;256(2):224-9.
5. Ito H, Murakami S, Miyauchi T, Maruoka M, Yamaguchi K, Igarashi T, et al. Causes and prognosis of hematuria. Jpn J Urol 1986;77:896-900.
6. Froom P, Gross M, Ribak J, Barzilay J, Benbassat J. The effect of age on the prevalence of asymptomatic microscopic hematuria. Am J Clin Pathol 1986;86(5):656-7.
7. Murakami S, Igarashi T, Hara S, Shimazaki J. Strategies for asymptomatic microscopic hematuria: a prospective study of 1,034 patients. J Urol 1990;144(1):99-101.
8. Fracchia JA, Motta J, Miller LS, Armenakas NA, Schumann GB, Greenberg RA. Evaluation of asymptomatic microhematuria. Urology 1995;46(4):484-9.
9. Britton JP, Dowell AC, Whelan P. Dipstick haematuria and bladder cancer in men over 60: results of a community study. BMJ 1989;299:1010.
10. Okano T, Isaka S, Miyagi T, Sato N, Shimazaki J, Matsuzaki O, et al. Cytologic diagnosis of renal pelvic and ureteral tumors. Jpn J Urol 1986;77:1779-83.
11. Keeley FX, Kulp DA, Bibbo M, McCue PA, Bagley DH. Diagnostic accuracy of ureteroscopic biopsy in upper tract transitional cell carcinoma. J Urol 1997;157(1):33-7.


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