千臨技会誌 2006 No.2 通巻97

講  義 腸チフスおよびパラチフスの
診定における問題点
千葉県衛生研究所     依田 清江
資  料 当院におけるマラリア感染3症例について
成田赤十字病院      大谷 寿雄
施設訪問 浦安市市川市病院組合 浦安市川市民病院



講  義
腸チフスおよびパラチフスの診定における問題点
千葉県衛生研究所   依 田 清 江

はじめに
  かつて腸チフスやパラチフスといえば代表的な伝染病であり、致命的な経過をたどることも稀ではなかったが、その後、社会の衛生環境や人々の衛生観念の改良等で発生数は激減し、抗生物質の普及等に伴って死亡例はほとんどなくなった。しかし、発生数が減少したとはいえ現代においても、ひとたび発症すれば適切な治療が行われない限り重篤な経過をたどるし、快復しても健康病原体保有者(保菌者)となれば将来の感染源となり得る。したがって、医療サイドにおいては速やかな診断が最重要課題である。腸チフスおよびパラチフスの診断は通常その原因菌であるSalmonella(S.) TyphiおよびS. Paratyphi Aの分離・同定によってなされるが、それは必ずしも簡単ではない。過去5年間に千葉県内で発生した腸チフスの診断に要した日数(初診から菌の分離・同定までの日数)は平均17.5日(7-33日)、パラチフスは平均18.8日(5-52日)である。人の感染症として長い歴史を有し、原因菌の分離・同定法が確立されているこれらの疾患で、診断技術も進歩している現在、その診断にこれ程の時間を要するのは何故であろうか。

1.腸チフス・パラチフスの発生状況
  腸チフス・パラチフスの診断における第1の問題点は、これらの疾患が稀になったために多くの医師はチフス症の臨床経験が無く、初診時にチフス症を疑わないことである。
  図1は1971年から20047月までに千葉県内で分離されたS. Typhi 222株を由来別に示す。分離数の平均は6.5株/年である。1970 年代から1980年代にかけては国内感染者あるいは保菌者から多く分離されたが、1980年代後半から減少した(1993年は国内広域発生があり例外である)。腸チフスはS. Typhiを含む糞便で汚染された水や食品による(あるいは直接の)経口感染症であるが、その源は保菌者である。実際、県内発生の国内感染例で、感染源が特定できた事例の9割以上が女性の保菌者、しかも高齢者(平均73才)であった。1990年代以後、県内保菌者からのS. Typhi分離は稀となった。これは、かつて腸チフスの流行が盛んだった頃に保菌者となった人々が高齢となり、亡くなったためかも知れない。この保菌者の減少が国内感染例の減少に寄与していると考えられる。一方、1970年代半ばから海外旅行が盛んになるにつれ海外渡航者からの分離が増加し、特に近年は海外からの就学者、就労者およびその家族が増加し、外国籍者からの分離も目立ってきた。国別ではインドでの感染が最も多く、次いでネパール、パキスタン、バングラデッシュ等のインド周辺国およびインドネシア、タイ、フィリピン等の東南アジアでの感染が多い(表1)。


 図2にS. Paratyphi A 76株の由来別検出状況を示す。全体の傾向はS. Typhiの分離状況と同様であるが分離数はさらに少なく0〜3株/年程度である。しかし、時に小規模ながら流行や集団発生が起こることがある。1993年から1998年にかけての流行・集団発生例は分離菌の遺伝子解析の結果、一人の保菌者から伝播したことが推定された。

2.腸チフス・パラチフスの症状・徴候の変化
 腸チフス・パラチフスの診断における第2の問題点は、近年これらの疾患の症状・徴候が変化していることである。
 従来、典型的なチフス症の症状・徴候(基本的に腸チフスとパラチフスの差はない)は10日から2週間の潜伏期の後、発熱で発症し第1病週は頭痛、倦怠感、食欲不振、骨格筋痛、便秘等であるが第2病週にかけて本症の特徴である徐脈、脾腫、バラ疹が現れ発熱は持続する。第3病週には腸出血、腸穿孔を起こすことがあり第4病週以後回復期となる。しかし、過去5年間に千葉県内で発生した23症例の症状・徴候(表2)は徐脈、脾腫、バラ疹は1〜3例のみであり発熱とほぼ同時期に下痢を呈した症例が20例あった。いまや腸チフス・パラチフスの第1−2病週の主訴は発熱、下痢、頭痛である。千葉県の症例でも初診時はインフルエンザ、感冒、感染性腸炎、ストレス性腸炎等と診断されることが多かった。

3.菌の検出における問題点
 近年、抗菌薬の使用法がしばしば議論されるが、千葉県内の症例でも腸チフスあるいはパラチフスと診断される以前に何らかの抗菌薬や解熱剤が投与されることが一般的である。薬剤の投与は菌の検出率を低下させるし、菌が分離されても、その性状発現に影響し、菌の同定を困難にさせる。細菌検査を開始するにあたり、供された検体の採取前にどのような治療がなされたか十分考慮する必要がある。
 さらに、重要な点は検査材料の種類である。上述のとおり近年のチフス症はほとんどの症例が発症初期から下痢を伴い、感染性腸炎の様相が強い。したがって空港の検疫所や、多くの場合受診した医療機関で検便が実施される。しかし、千葉県の症例で把握できた限り、第1病週に便からS. Typhi S. Paratyphi Aが検出された例はなく,第2病週の便からの検出も稀であった。第3病週に至っても便からの検出は2割程度で、ほとんどは血液からの分離であった。この点がチフス症と一般のサルモネラによる下痢症の大きな違いであり、腸チフス・パラチフスの診断を遅らせる要因となっている。
 以上述べた問題点の解決策は、下痢を伴う不明熱があり過去約2ヶ月以内に腸チフス・パラチフスの頻発国から帰国あるいは来日した患者の場合、治療を開始する前に1mlの血液を採取し菌培養に供することである。S. Typhi S. Paratyphi Aがいれば数日以内に菌分離は可能であろう。

4.菌の同定における問題点 
 さて、菌が分離されたとして、同定における問題点がある。医師は患者の臨床症状や発症状況から「腸チフス疑い」あるいは「パラチフス疑い」と診断できるが、患者から菌が分離されS. Typhi あるいはS. Paratyphi Aと同定されなければ診断の確定(診定)とはならない。問題は、病院の検査室や検査機関の多くは菌の同定に全自動同定機や簡易同定キットを用いるが、これらが全て正しく同定するとは限らないことある。
 表3はS. Paratyphi A7株とS. Typhi3株について3種類の方法で同定した結果を示す。千葉県衛生研究所は通常これらの菌を確認培地TSIおよびLIM上の生化学性状と血清学的検査によって同定する。必要に応じて同定キットApi20Eを使用する場合もある。これら2つの方法でS. Paratyphi A7株は何れも典型的な性状を示した。ところが、同定キットCRYSTAL(E/NF)を用い培養18時間後に判定したところ、第一候補にS. Paratyphi Aが上ったのは2株のみであり4株はSalmonella species、1株はShigella speciesであった。培養24時間後に再度判定したところ、18時間後の判定でS. Paratyphi Aとなった1株もSalmonella speciesとなってしまった。同様に、S. Typhi3株は確認培地TSIおよびLIMApi20Eで何れも典型的な性状であったが、CRYSTAL(E/NF)では培養18時間後の判定は1株のみがS. Typhiとなり1株は Shigella speciesであった。1株はSalmonella speciesと判定されたが24時間後の判定ではS. Typhiとなった。

 以上のことから、S. TyphiおよびS. Paratyphi Aに関する限りCRYSTAL(E/NF)はかなりの割合で誤同定するのではないかと危惧される。

おわりに
  感染症情報センターの病原微生物検出情報によると日本における腸チフス・パラチフスの発生数はこの数年、年間100例前後で推移している。しかし、世界的レベルでは現在も年間約1,600万人が発症し、約60万人が死亡している。とくにアフリカ、インドとその周辺国および東南アジアで発生頻度が高い。日本とこれらの地域との往来が目的や国籍に係わらず日常化している現在、腸チフス・パラチフスは極めて身近な感染症といえる。その原因菌であるS. Typhi およびS. Paratyphi Aの速やかな分離・同定法の熟知は細菌検査従事者全てに求められている。

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資  料
院におけるマラリア感染3症例について
成田赤十字病院     大 谷 寿 雄

はじめに
 マラリアは、発熱、貧血、脾腫を主徴とし、しばしば重篤あるいは致命的な合併症を伴う重要な疾患である。病原体は、胞子虫類に属するプラスモジウム(Plasmodium)で、ヒトに寄生するものとして、

1)三日熱マラリア原虫

2)四日熱マラリア原虫

3)熱帯熱マラリア原虫

4)卵型マラリア原虫 

の4種あり、ハマダラカによって伝播される。マラリアは熱帯・亜熱帯地域で広く発生しており、全世界で年間3〜5億人の患者、150〜270万人の死者が報告されている。(厚生・労働省国民衛生の動向2005より)近年、日本は国際化が進み、海外との交流が盛んになり、日本人海外渡航者、来日外国人が増加している。それに伴い輸入マラリアの増加が問題なつている。当院で、海外渡航者から、輸入マラリア3例を経験したので、報告する。

検査法
血液塗沫標本にて感染赤血球の鏡検(薄層塗抹標本)
* 当院では薄層塗抹標本のみ鏡検したが、厚層塗抹標本も作製して両標本を鏡検したほうがよい。
<条件>
マラリア原虫原形質が好塩基のため、p7.4の燐酸緩衝液を使用した。

pH6.4 燐酸緩衝液使用 pH7.4 燐酸緩衝液使用

症例1
患者 : 20歳 女性
主訴 : 発熱、頭痛、関節痛、倦怠感
現病歴: インドネシア旅行中、ワークキャンプ(NPO)に参加して、植林作業をしていた。帰国後、頭痛、関節痛倦怠感出現、発熱(39度台)当院受診する。末梢血液像で三日熱マラリア原虫が認められ同日入院、マラリア感染赤血球が入院時11795/?L 入院直後より、抗マラリア薬(ファンシダール)を内服し、36度台に解熱。内服6日後マラリア感染赤血球が消失する。翌日よりプリマキン内服を開始。退院となる。

症例2
患者 : 31歳 男性
主訴 : 発熱、関節痛、倦怠感
現病歴: バリ島、ロンボク島に旅行。帰国後、全身倦怠感、関節痛が出現、発熱(40度)、近医受診でインフルエンザの診断で投薬するも改善せず、当院にマラリア疑いで受診、末梢血液像で三日熱マラリアを認め、同日入院になった。マラリア感染赤血球が9225/?L 入院直後より、抗マラリア薬(ファンシダール)を内服し、3日後に解熱した。6日後にマラリア感染赤血球が末梢血液像で消失する。翌日プリマキン投与目的で、他病院に転院する。

症例3
患者 : 52歳 男性
主訴 : 意識障害、下痢、発熱
現病歴: 木材関係の仕事のため、パプアニューギニアへ出張。体調不良のため、日本に帰国する。航空機内で意識障害出現、成田空港到着後、精査加療目的で同日入院。その後、ショック症状、無尿、黄疸、血小板減少が進行し、循環器、呼吸器不全も合併したため。ICU入室。血液像にて熱帯熱マラリア原虫が認められた。マラリア感染赤血球が入院時209,708/?L、同日よりキニーネ静注薬取り寄せ7日間投与した。急性肝不全、腎不全、心不全、呼吸器不全を合併。投与後6日目にマラリア感染赤血球は、消失した。

入院時検査結果

 

症例1

症例2

症例3

AST

52

21

90

ALT

47

20

54

LD

447

235

844

BIL

1.8

1.8

2.9

UN

17.4

9.7

120.6

CRE

0.54

0.82

5.63

CRP

11.1

14

23.2

Hb

10.9

11.8

10.3

PLT

2.5

12.9

35.2

FDP

37.1

5.5

49.9


経過(感染細胞数)

 

1日目

2日目

3日目

4日目

5日目

6日目

7日目

症例1

11795

240

123

175

 

 

0

症例2

9225

6325

 

 

105

0

 

症例3

209708

114972

35414

22192

9000

880

0


症例3(熱帯熱)時系列

 

1/11

1/13

1/15

1/17

1/19

1/21

1/23

1/25

1/27

1/29

2/11

AST

90

77

3527

226

108

100

50

55

89

55

38

ALT

54

33

481

167

95

77

41

34

43

31

27

LD

844

990

7401

1507

838

627

502

530

526

495

459

T-BIL

2.9

15.1

30.9

21.1

19

21.4

11.4

6.1

4.8

3.4

1.5

UN

120.6

144.7

71.4

40.7

45.2

47.6

39.6

36.9

42.5

44.4

23.8

CRE

5.63

5.00

2.98

2.43

3.11

3.56

3.40

3.48

4.17

4.68

2.87

CRP

23.2

21.4

21.7

16.3

15.2

10.7

11.1

11.8

12

5.2

4.6

感染

細胞数

209708

114972

35414

22192

9000

880

0

 

 

 

 

赤内型の発育と形態
環状体(ring form
三日熱マラリア 熱帯熱マラリア
アメーバー体 分裂体
v
三日熱マラリア 三日熱マラリア
生殖体
三日熱マラリア 熱帯熱マラリア
マウレル斑点
熱帯熱マラリア

まとめ

@     臨床側からマラリアを疑う症例であるとの情報が必要。

A     ギムザ染色:緩衝液pH7.2-7.4(中性)。

B     熱帯熱マラリアは治療が遅れると死亡率の高い疾患である。

C     熱帯熱かそれ以外かを至急に鑑別することが必要。

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施設訪問
浦安市市川市病院組合 浦安市川市民病院

 今回221日の施設訪問先は、東西線浦安駅から徒歩で8分程に位置する浦安市市川市病院組合浦安市川市民病院を訪ねさせていただきました。浦安市川市民病院は大正元年に浦安町、南行徳村にて伝染病舎の建設に始まり昭和24年に組合診療所を開業し昭和26年に浦安町・南行徳町組合立葛南病院を開設し、昭和49年にはこの地域で最初にICUCCUが設置されたそうです。平成94月に病院名称を現在の浦安市市川市病院組合・浦安市川市民病院と改称したそうです。


 病院施設は、正面玄関の本館から始まり、中央・東・管理・第2管理の5棟に別れています。16診療科のほか人間ドック・健康診断・在宅介護支援・居宅介護支援を行っているそうです。病床数は、一般病室340床と感染症病室4床の344床です。
 検査科は、病院の診療協力部に属し管理棟に検体検査室、本館に中央採血室・超音波室(腹部・体表)、中央棟に心電図室・脳波室・超音波室(循環器)が配置されています。そして伊藤博巳技師長を筆頭に技師
17名、非常勤1名、委託1名の総勢19名の人員で24時間稼動できる検査業務を行っているそうです。また、認定輸血検査技師・超音波検査士・認定臨床微生物検査技師・細胞検査士・緊急臨床検査士と各種の認定資格を取得されており、それぞれの分野に配属されているそうです。それから、認定臨床微生物検査制度協議会認定研修施設取得しているそうです。
 最初に検体検査部門に伺いました。生化学・免疫・感染症検査は3名で1日に生化学検査は250件程あるそうです。主な機器は生化学自動分析装置:オリンパスAU640・日立7170、全自動免疫測定装置:アボットジャパンAXSYM、グリコヘモグロビン測定装置:アークレイHA8150、血液ガス分析装置:ラジオメータABL510

輸血検査は、2名で血液製剤の管理を検査室で一元管理されているそうです。外注検査は委託職員1名がすべて検体を処理し、検査結果報告までを受け持っているそうです。

次に血液検査は、2名で一日に血算は170件程あるそうです。なかでも気になった検査で血小板凝集能が一日に多いと20件も依頼があると聞き驚きました。主な機器は多項目自動血球分析装置:シスメックスSE9000、全自動血液凝固測定装置:CA1500、血小板凝集能装置:ヘマトレーサ213、血沈:テクノメディカ

一般検査は、1名で行い現在は臨床医の関係で検体は減少して一日に80件程だそうです。主な機器は尿自動分析装置:アトラス、尿沈査:シスメックスUF1000

細菌検査は2名で行っていますが、感染症病室がある関係上、感染症患者が搬送された時のデモ訓練を実施し、準備しているそうです。また、迅速検査の充実と結核塗抹標本鏡検を検査科全員ができるそうです。主な機器は細菌自動機器:デイドwalk Away、血液培養装置:日本べクトンBACTEC9050

病理検査は、2名で行っているそうですが、臨床病理科が設置されているため病理医1名・病理研修医2名と配属され、私の施設と比べると恵まれた環境と思いました。検体の件数は術中の迅速検査が増えてきているそうです。

次に生理検査室に伺いました。生理検査は1階に心電図・呼吸機能・脳波・聴力・循環器用超音波室、2階に腹部・体表超音波室と別れていました。検査は5名の人員でそれぞれの検査室に分散して行っているそうです。やはり診療の混雑時は技師の配置に苦労しているようです。

主な機器は心電計:フクダFCP4355、肺機能測定装置:ミナトSYSTEM21、脳波計:NEC1000・日本光電ニューロフィクス、心臓頸部超音波:SONOS5500、腹部体表超音波:GE横河LOGIQ7


最後に採血室にいきました。採血受付をされて採血管準備システムにより処理されていました。採血台は最高4人まで可能で業務は、4年前から検査技師1名と看護師1名で通常行っているそうですが、混雑時は検査室から応援に来るそうです。技師長もよく応援にこられるそうです。

技師長から検査科の目標を伺いました。「診療前検査をいかに早く結果を報告するか、検査機器の更新、オーダリングシステムの稼動、検査科各個人のスキルアップ、病院に求められる検査技師を育てていければ良い」と話されました。


最後にお忙しいなか快く訪問させていただいた伊藤博巳検査科技師長をはじめ検査科の皆様ありがとうございました。

                           (小川 中、大野一彦)

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