千臨技会誌 2011 No.3 通巻113

みて見て診よう 超音波検査をみて,見て,診よう(8)     成田赤十字病院
         浅 野 幸 宏  
研 究 びまん性びまん性細汎気管支炎で
Nocardia cyriacigeorgicaが定着した1例

膵腫瘤性病変に対する超音波内視鏡下穿刺吸引法による細胞診
順天堂大学浦安病院 臨床検査医学科
        麻 生 恭 代


千葉県こども病院 検査科
        丸  喜 明
 施設紹介 国保国吉病院組合いすみ医療センター         小 川   優
研究班紹介 輸血検査研究班         仲村  由紀雄



みて見て診よう!
超音波検査をみて,見て,診よう(8)
成田赤十字病院 検査部 生理検査課

浅 野 幸 宏, 長谷川 雄 一

 は じ め に

 今回は,前回に引き続き急性腹症の下腹部編です.急性腹症の原因となる下腹部領域の疾患は多岐に渡りますが,本稿では比較的日常検査で遭遇することの多い急性虫垂炎,大腸憩室炎,感染性腸炎,虚血性大腸炎等に代表される消化管疾患に着目し,その画像的特徴像を中心に解説します.また,これらの疾患の診断を進める上で鑑別疾患として必要な泌尿器(尿管結石),婦人科(子宮外妊娠,卵巣茎捻転・破裂,PID)等の疾患については,紙面の都合上ふれるにとどめます.

《消化管領域》

 
(1)急性虫垂炎
概念・原因
:急性虫垂炎は,急性腹症の中で最も頻度の高い疾患である.一般的には糞石や食物残渣などにより虫垂内腔が閉塞し,細菌感染が加わることにより発病すると考えられている.10〜20歳代の若年者に多いとされるが,あらゆる年代に見られる.病理学的にはカタル性(炎症が粘膜または,粘膜下層までに限局しているもの),蜂窩織炎性(全層性の炎症細胞浸潤をみるもの),壊疽性(蜂窩織炎性虫垂炎に虫垂壁の梗塞を起こし部分的壊死に発展したもの)に病期分類される.

症状:急性虫垂炎の症状は,心窩部痛・臍部痛からはじまり,嘔気・嘔吐→腹部圧痛→発熱→白血球増多の順に症状が進行して行く.また,「深夜に発症し,腹痛により目を覚ます」という症状も急性虫垂炎の特徴とされる.高齢者や乳幼児虫垂炎では,主訴が不明瞭で腹部所見,検査所見ともに典型的でないことがある.

診断:右下腹部の圧痛(McBurney,Lanz,Kummelの圧痛点)を認め,Blumberg徴候(McBurney点におきる反跳痛),腹壁緊張,筋性防御(muscular defense),Rosenstein徴候(左側臥位で増強する反跳痛),Rovsing徴候(左下腹部の圧迫によりおこる右下腹部痛)などの腹膜刺激症状を伴う.血液検査では,病期によって差異はあるが,一般に白血球数が増加(10000/ l以上)し,好中球比率も増加する.その後CRP値が上昇を認める.また,若年女性では,鑑別疾患として子宮外妊娠も念頭に置き場合によっては妊娠反応もチエックする.

 
《急性虫垂炎の圧痛点 @McBurney,ALanz》 

超音波所見:急性虫垂炎の診断は,病理学的病期分類(カタル性,蜂窩織炎性,壊疽性)が用いられ,超音波では虫垂の腫大(6mm以上)や層構造の変化によってそれらを推定するが穿孔性では減圧により正常径を呈していることがあり,周囲への炎症波及や膿瘍形成,腹水の有無等の周囲の間接所見にも注目する.また根部から先端までの描出がむずかしいこともあるが,同じ重症度とは限らないため,全長にわたる観察が必要である.
≪蜂窩織炎性虫垂炎≫
虫垂は径9oと腫大して認められた.5層構造は保たれ,粘膜下層(sm)は明瞭に描出された.
 
≪壊疽性虫垂炎≫
虫垂は径18oと腫大して認められた.5層構造は不明瞭化してみられた.
根部には径10o大の糞石像が認められた.周囲に液体貯留をみとめる.
 


(2)大腸憩室周囲炎

概念・原因:大腸憩室は,血管が腸壁を貫く部位(結腸間膜紐の外側の2列,対結腸間膜紐の両側の2列)が脆弱であるため,腸管内圧の上昇によって,粘膜が漿膜側に突出することで発生する.憩室の多くは無症状であるが,閉塞や感染を伴うことで憩室炎(大腸憩室症全体の10〜25%)となる.欧米では左側結腸に多く,S状結腸憩室が約90%を占めるが,本邦では右側結腸が70%と多くみられる.

症状:腹痛,発熱など,急性虫垂炎に類似する症状を呈するが,急性虫垂炎に比べて先行する心窩部痛が少なく,消化器症状が少ない.圧痛の位置が比較的限局して見られ病変部と一致することが多い.罹患範囲が右側大腸である場合は,理学所見上,急性虫垂炎と鑑別困難なこともある.

超音波所見:圧痛部位に一致して,腸管壁より腸管外へ突出する低エコー腫瘤像を認める.内部に高エコー像(糞石,浸出物)が観察される.病変部周囲の腸管壁にも炎症が波及してみられる.壁外組織(大網や腸間膜)に高エコー域を呈するが,これは,炎症が憩室の周りに波及したことによる周囲脂肪織炎等を示唆するものである.また,周囲に膿瘍形成を伴うこともある.
≪憩室周囲炎≫
下行結腸に低エコー性壁肥厚を認めた.最肥厚部には,
腸管壁より連続し腸管外に突出する低エコー域がみられる. 


(3)感染性腸炎

概念・原因:細菌性やウィルス性腸炎,寄生虫等の感染に起因する腸炎である.細菌性食中毒の原因菌として最も多いのはキャンピロバクター菌,次いでサルモネラ菌であり,この2つが細菌性食中毒の上位を占めている(厚労省の平成20年食中毒発生状況による).ウィルスによるものとしては,ノロウィルスやロタウィルス等がある.

症状
:下痢を主症状とし,嘔吐,腹痛,発熱を伴う.起因菌により異なるが,それぞれ潜伏期間を経て発症する(サルモネラ菌:8〜48時間(卵),キャンピロバクター菌:2〜7日(鶏肉),腸炎ビブリオ:3〜20時間(魚介類),O-157:2〜10日(牛肉),チフス菌:2〜10日(海外渡航歴),ノロウィルス:2〜3日等).

超音波所見:感染性腸炎は,起因菌によって病変部位,超音波像に特徴がある.病歴や自他覚症状に加え,病変分布や壁肥厚の観察などにより,かなりの確率で起因菌を含めた診断が可能である.
《感染性腸炎(病原菌)と超音波像》 
 
・腸炎ビブリオ腸炎
上行結腸にかけて著明な内腔の拡張象が認められた.結腸壁に肥厚は認めず.
内容物は水様性であった.(上行結腸象)
 
・サルモネラ腸炎
回盲部からS状結腸の広範囲にわたり,粘膜および粘膜下層の浮腫性肥厚が認められた.
とくに粘膜下層の肥厚が強く,高エコーに描出されていた.(上行結腸像)
 
 ・キャンピロバクター腸炎
回盲部から下行結腸全域にわたり,粘膜下層の著明な浮腫性肥厚像が認められた.
炎症所見は,上行結腸に最も強くみられた.(上行結腸像)
 
 ・O-157腸炎
全大腸に強い浮腫性壁肥厚が認められた.少量の腹水もみられた.(上行結腸像)


(4)虚血性大腸炎
概念・原因:大腸への血行障害(可逆性の血行障害に起因した急性虚血性変化からなる大腸炎)によって粘膜が虚血状態となり,浮腫,出血,潰瘍を生じる疾患.その発生機序としては,血管性,腸管性要因が複雑に関与するといわれているが,詳細は未だあきらかにされていない.血管性因子とは動脈硬化(高血圧,糖尿病,高脂血症),血管攣縮(細菌感染,薬剤,ストレス),血管炎(SLE,PN,RA)であり,腸管性要因とは,便秘,腸管内圧上昇等が考えられている.大腸のどの部位にも起きうるが,最も多いのが下行結腸(約45〜74%),次いでS状結腸や横行結腸にみられ,直腸,上行結腸,盲腸は稀である.これは大腸を栄養する主な動脈(上腸管膜動脈,下腸間膜動脈,内腸骨動脈)のつなぎ目にあたるためと考えられている.

症状:急激に発症する腹痛,下痢,下血を3主徴とする.好発年齢は40〜60歳,男女比はやや女性に優位である.強い腹痛後の下血(鮮血)を伴う症例では,本症を疑って左側結腸を観察すると良い.

超音波所見:虚血性大腸炎における超音波の基本像は,炎症の主座が粘膜下層にあるため,第3層の低エコー浮腫性肥厚である.また,比較的均一な低エコーを呈する例,斑状の低エコーを混ずる例もみられる.縦走潰瘍は強い浮腫性肥厚に修飾され,描出されることは少ない.15cm長前後の区域性病変であり,炎症の最強点は罹患範囲のほぼ中心に位置していることが多い.一過性型では,5日から14日以内に浮腫性肥厚の消退がみられる.狭窄型では,14日以降も肥厚が残ることが多い.壊死穿孔を伴う例では,第4層の断裂,腸管外エコーフリースペースを認める.
 

《泌尿器領域》

 
急性腹症の原因となる代表的な泌尿器疾患として尿管結石があげられる.

尿管結石
概念・原因
:尿管結石は激しい疼痛を伴い,急性腹症の原因となる,尿管には3カ所の生理的狭窄部(腎盂尿管移行部,尿管総腸骨動脈交叉部,尿管膀胱移行部)があり,そこに結石が認められることが多い.男女比は3〜4倍で男性に多い.

症状:症状は疼痛と血尿である.嵌頓すると疝痛発作と呼ばれる激しい疼痛や患側肋骨脊柱角部の叩打痛を伴う.しばしば悪心・嘔吐などの消化器症状を呈する事もあり,消化器疾患との鑑別を要する場合もある.

超音波所見:尿管内の結石像がとらえられれば診断は容易であるが,消化管ガスにまぎれて描出しづらいことも多い.腎盂や尿管の拡張末端部を丹念に観察し,結石の有無を確認する.結石が認められることの多い生理的狭窄部を念頭に観察する必要がある.また,描出体位は通常の仰臥位走査に加え,背臥位側でのアプローチが有用である.

≪尿管の生理的狭窄部≫

腎盂尿管移行部


尿管総腸骨動脈交叉部


尿管膀胱移行部 
 
《左水腎症》
左腎臓の腎盂・腎杯の拡張がみられる.
 
《左尿管結石》
拡張した尿管を追跡すると,音響陰影を伴う結石像を確認した. 
 
コーヒーブレイク@
〜正常虫垂は描出できる?〜

 一昔前の専門書を開いてみると,正常虫垂の描出は出来ないと書かれているものを散見する.装置の技術進歩は著しく,今では径2mm程の虫垂でもはっきり描出されるようになった.この正常虫垂を描出できるテクニックを身に付ければ,炎症で腫大した虫垂の描出は容易なものとなる.それに加え,右下腹部痛を主訴とする患者様において虫垂炎を否定する事も可能となる


《婦人科領域》

 
 下腹部痛を訴える女性患者においては,必ず婦人科疾患の有無を確認しておくことが重要である.急性腹症の原因となる主な婦人科疾患として,子宮外妊娠,卵巣破裂,骨盤内感染症等があげられる.

(1)子宮外妊娠
概念・原因:受精卵が子宮体部内腔以外の部位に着床したもので,発生頻度は全妊娠の1〜2%と言われている.着床部位によって,卵管妊娠,腹腔妊娠,卵巣妊娠,頸管妊娠に分類される.

症状:下腹部痛,無月経,性器出血がみられる.

超音波所見: 子宮外の胎嚢を描出する,しかし,消化管ガス等にまぎれ描出しづらいこともあり,むしろ確認できない症例の方が多い.hCG高値(1000〜2000IU/l以上)で子宮内に胎嚢が認められない場合には子宮外妊娠を積極的に疑う必要がある.子宮内膜を含めた骨盤腔内の詳細な観察をおこなう.
《子宮外妊娠(卵管妊娠)》
子宮外に胎嚢を認める.内部には胎児ならびに卵黄嚢が観察された.また胎児心拍も確認された.周囲には低エコー域(出血)がみられている.

(2)卵巣茎捻転(卵巣破裂)
概念・原因:卵巣茎捻転は,卵巣を支える卵巣固有靭帯と骨盤漏斗靭帯が捻れることにより起こる病態を指し,そこを流れる動静脈のうっ血,閉塞や神経の圧迫による疼痛が生じる.表面が平滑で球形に腫大した卵巣で,周囲との癒着がない場合に発症しやすいため,5cmを超える卵巣良性腫瘍に合併してみられることが多い.(5cm以上にあると10%程度に発生すると報告される.)
 これに対し外的な圧力(性交渉等)により発生する卵巣破裂は,腫大した卵巣で発症しやすいのは卵巣茎捻転と同様であるが,反対に周囲との癒着がある場合に起こりやすいため,チョコレート嚢胞,卵巣悪性腫瘍,骨盤腔内手術等の既往がある患者にみられることが多い.

症状:突然起こる激しい下腹部痛として現れることが最も多いが,捻れが急激に起こらず次第に捻れが進行してくる場合には,徐々に痛み増す形をとる.炎症を起こすと発熱を伴うようになる.腹膜刺激症状として悪心・嘔吐等を伴う消化器症状を呈する場合には,急性虫垂炎等の消化器疾患との鑑別を要する.

超音波所見:まずは原因となりうる卵巣疾患の確認が第一となる.正常卵巣での発症は少ないため,卵巣の腫大の有無を確認する.次に卵巣周囲やドプラによる卵巣血流(hypovascular)の観察によって捻転の可能性を評価するが,超音波のみでの確定診断は困難なことが多く,症状と合わせた総合的な評価が必要である.また,経過観察した場合のモニタリングや捻転を起こした卵巣腫瘍の良悪性がその後の治療を左右するため,超音波の果たす役割は大きい.

(3)骨盤内炎症性疾患(PID)
概念・原因:骨盤内炎症性疾患(PID:pelvic inflammatory disease)は,骨盤内感染症ともいい,子宮,卵巣,卵管,あるいはその周囲組織に起こる感染症の総称であり,その中でも腹痛や発熱などの炎症症状が激烈で,腹膜炎を併発しているものを特に骨盤内腹膜炎と言う.生殖年齢の女性に発症することが多く,性感染症,月経,子宮内操作などを契機として発症することが多い.病原菌が膣内から子宮,卵管を通り抜けて骨盤腔内に侵入し,感染を引き起こす.クラミジア,淋菌などの性感染症の他,不衛生な性行為により大腸菌やブドウ球菌なども原因菌となる.

症状:初期症状には帯下の増加や悪臭,不正出血,軽度〜中等度の下腹部痛がみられる.病態が進み炎症の広がりによって,激しい下腹部痛と発熱がみられる.悪心・嘔吐等の消化器症状や,肝周囲への炎症の広がりによって上腹部痛を呈することもある.

超音波所見:滲出液や膿汁の貯留によって,液体貯留像や膿瘍形成(膿性腫瘤)がみられるが,局所に圧痛を認めるものの明らかな腫瘤を認めないものもあり,画像的には多彩で超音波のみでの診断が困難なことも多い.臨床所見などとあわせて総合的に診断する.ダグラス窩の液体貯留像や膿性腫瘤の有無と,他の鑑別疾患(急性虫垂炎や右側結腸憩室炎など)の除外が超音波検査の目的となる.
急性腹症のまとめとして,疼痛部位と原因疾患の一覧を掲載します.検査を行う際は,症状から推定される疾患を念頭に置き,得られた超音波所見から正確な原因疾患を導き出します.いかに原因疾患を知っているかが,検査の結果を左右する事にもつながります.


コーヒーブレイクA
〜水腎症の原因は尿管結石だけ?〜

 本稿に記載の通り,尿管結石による水腎症は日常数多く経験されるものである.しかし水腎症=尿管結石ではない.本例に限らず,管腔構造が拡張するに至る原因は様々である.(例:胆管,消化管)水腎症の原因疾患として,尿管結石のみを否定するだけでは不十分である.腹腔内に尿管を圧排(狭窄)するような腫瘤性病変などの検索も怠らないようにしたい.
 お わ り に
 急性腹症における超音波検査は,他の画像診断に比較しても高い診断能を有している.windowがあればほぼ全身が観察でき,被検者の極度の安静も必要とせず,最大の特徴となる非侵襲的であり反復可能な検査である.しかし術者依存の検査であることから,我々の責任は重い.これらを意識して検者の技量や知識について絶えず研鑚をつまなければ,幸福な結果は得られない.


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研  究

びまん性細汎気管支炎でNocardia cyriacigeorgicaが定着した1例

       麻生 恭代1),中澤 武司1),古谷津純一1),石  和久1),
       川島  徹2),佐々木信一3),富永  滋3)
                                        1)順天堂大学浦安病院 臨床検査医学科
                                        2)    同上     総務課
                                        3)    同上     呼吸器内科

【要 旨】
 69歳,女性,びまん性汎細気管支炎(Diffuse Panbronchiolitis:DPB)の患者で,経過観察中にNocardia cyriacigeorgicaが喀痰培養から検出され定着した症例を経験した.ノカルジアが検出される以前の喀痰培養検査では黄色ブドウ球菌が繰返し検出されていた.2008年9月に,39.1度の発熱が出現したため,喀痰培養を実施後,直ちにSultamicillin が処方された.喀痰のグラム染色にて多数のノカルジアが検出された為,担当医に緊急連絡した.原因菌の精査は継続していたが症状は徐々に改善し,呼吸状態や画像上特徴的な変化は無く,経過観察となった.以後,喀痰培養検査で毎回ノカルジアが検出されるが,ノカルジアが発熱の原因菌となっているのか疑問であった.ノカルジア症の発症は一般的に免疫抑制状態にある患者に多く,直ちに適切な抗菌薬を使用し徹底した治療を促す必要がある.しかし全身状態は良好で局所的な免疫抑制を受けているDPBのような患者では,急激な変化は見られず,報告例が少ない為に,今回の症例では解釈と治療法の選択に苦慮した.今後,検査室は臨床医と密な情報交換を行い,症例を数多く検討し,データ蓄積をする必要性を強く感じた.

【Key words】 N.cyriacigeorgica,びまん性汎細気管支炎,定着

【序 文】
 Nocard cyriacigeorgicaは,病原性ノカルジアとして比較的新しく提唱された菌種で1),本邦において症例報告が散見され始めているが臨床像の詳細は不明である.ノカルジア感染症の抗菌薬療法は,免疫機能の低下した宿主に通常3〜6カ月実施される.特にN.asteroides,N.farcinicaなどは中枢神経系へ血行転移する場合があり,日和見患者にとっては積極的な治療が必要であるとされている2).
 対してDPBは,呼吸細気管支領域の慢性炎症を特徴とする疾患で,培養検査ではインフルエンザ菌から次第に菌交代で緑膿菌が検出されることが一般的である.さらに,通常慢性気道感染症では持続感染があっても症状が安定している場合抗菌薬の投与を行わないのが原則である.今回我々は,DPBの経過観察中の患者からN.cyriacigeorgicaが検出され,以後定着した事例を経験したので報告する.

【症 例】
患 者:69歳女性
主 訴:繰返す発熱,咳,痰
家族歴:特記すべきものなし
喫煙歴:なし
現病歴:幼少の頃より痰が多く見られた.近医にて気管支拡張症の診断で,当院に紹介され,2年前より外来通院していた.ノカルジアが検出される以前の培養検査では黄色ブドウ球菌が繰返し検出されSultamicillin(SBTPC)やLevofloxacinが処方されていた.DPBの治療目的で2007年12月よりRoxithromycinを3ヶ月間,また2008年6月よりClarithromycinの少量長期投与を行っているが効果はみられていない.同年9月39.1度の発熱が出現したため,喀痰培養を実施後Sultamicillin錠が処方された.喀痰のグラム染色で好中球優位の背景に多数のノカルジアが検出され,担当医に緊急連絡した.この時の患者の主な身体所見はKT=39.1℃,SpO2=97%,BP=120/72,P=80/min,胸部:両側下肺野を中心にrhonchi(+),皮膚所見異常なし.検査データ所見(表1)では,炎症マーカーが高いこと以外は特徴的な検査所見はない.また追加検査で,本症例で特徴的な所見である白血球抗原のHLA-B54が陽性,HTLV-1抗体陽性であった.画像検査では胸部X線写真で両中下肺野に強いびまん性に周辺がぼけた粒状の影がみられた.胸部CTでは,びまん性に気管支拡張が認められ,小葉中心性の粒状の影も目立ち,DPBの所見を示した(図1).

表1.来院時の検査データ(生化学・血液検査)
 
 
 図1.胸部X線写真と胸部CT画像
 
胸部CT画像
小葉中心性の粒状影も目立ち,気管支の軽度の拡張と肥厚,びまん性に気管支拡張が認められる.
 

【細菌学的検査】
 喀痰の性状は,Miller & Jonesの分類でP3,グラム染色ではGecklerの分類5群で一般的な口腔内常在細菌は認めず好中球優位の背景に分岐した菌糸状発育を示すグラム陽性桿菌を多数認めた(図2).チールネルゼン染色の脱色剤を0.5%希硫酸水に変更したkinyoun染色では陽性を示した.以上より肺ノカルジア症を疑い,担当医に緊急連絡した.培養検査はBTB乳糖寒天培地(BBL),血液寒天培地(BBL)は35℃の好気的条件下で培養し,チョコレートU寒天培地(BBL)35℃・5%炭酸ガス条件下で培養した.培養翌日には,血液寒天培地とチョコレート寒天培地に白い微小コロニーとノカルジア特有の土臭を認めた(図3).
 薬剤感受性検査は,簡易的に日常検査で使用しているSIEMENSの3J・6.12Jパネルを使用し微量液体希釈法と,BDセンシ・ディスク法を実施した.好気的条件下35℃3日培養後,肉眼的に菌の発育の有無を判定した.その結果ペニシリン剤や第1・2世代セファロスポリン剤に耐性で,ImipenemのMICが2 g/ml,TobramycinのMICが≦1 g/mlで良好な感受性を示したところからN.asteroidesグループを疑った(表2).しかしコロニーの発育が速いこと,患者が感受性を示さないSultamicillinで症状が軽快していることなどから,ノカルジア以外の菌種を考慮し,千葉大真菌医学研究センターに同定を依頼した.その結果,ミコール酸と ラクタマーゼ陽性により,ノカルジア属の同定を行い,アデニン,キサンチンなどの有機物を分解せず,糖からの酸産生が見られず,gluconat利用能(+)と45℃の発育によりN.cyriacigeorgicaと最終同定された(表3).
図2.喀痰のグラム染色像
 
 図3.ノカルジアの分離培養
BTB寒天培地,血液寒天培地を72時間好気培養後の写真.BTB寒天培地では微細であるが,
血液寒天培地では,直径1〜2mm程度のコロニーが確認できた.
 

 表2.薬剤感受性結果
 

表3.同定結果
 

【経 過】
 提出された膿性痰のグラム染色にて多数のノカルジアが検出されたため,担当医に緊急連絡したが,診察日に処方されたSultamicillin(375mg 3.7日)で解熱し,容態も安定していたため,Sultamicillinがそのまま継続され経過観察となった.その後,発熱と緩解を繰返し,当院の日常検査で使用しているSIEMENSの3Jパネルと6.12パネルを使用した微量液体希釈法では,SultamicillinやCefditorenなどのMICはそれぞれ≧8と≧4で,ペニシリン系薬剤や第3世代経口セフェム剤は良好な感受性は示さず,Cefcapen(100mg 3.7日)やSultamicillin(375mg  3.7日)などの経口抗菌薬が数回処方されて改善している.9月以降の培養検査で毎回ノカルジアが検出されたが,呼吸状態も良好で画像的にも大きな変化は見られていないため,ノカルジアが発熱の原因となっているのか疑問であった.しかし,2009年4月にCefcapenの投与で発熱が治まらず,これを契機にノカルジアに最も有効なST合剤(S2400mg/T480mg)を2週間投与した.以後2カ月間発熱が見られなくなり,症状の改善と検査値の顕著な改善が見られた.しかし,血液検査で白血球減少が見られたため,ST合剤の副作用を懸念して,比較的良好な感受性を示したMinocyclineに変更され現在に至っている(表4).


【考 察】

 ノカルジアは現在60種以上が知られており,わが国ではN.asteroides,N.brasiliensis,N.farcinica,N.nova,N.otitidiscaviarumなどが病原性Nocardiaとして知られている.近年N.africana,N.abscessus,N.paucivorans,N.veterana,N.cyriacigeorgicaなどが新たに病原菌として提唱され,N.cyriacigeorgicaは国内でも検出されているが,報告例も少なく病原性についての詳細は明確になっていない.肺ノカルジア症は,一般的には日和見感染症でステロイドを投与した患者や免疫機能の低下した患者で多く見られている.本症例はDPBを外来にて経過観察中に発熱がみられ培養検査でN.cyriacigeorgicaが検出されたが,Sultamicillinの経口投与で軽快した.一般的に,肺ノカルジア症の起因菌は発育が遅く喀痰で検出されないことが多いが3),本症例では培養1〜2日で白色微小コロニーを形成し,容易に検出された.以後培養でN.cyriacigeorgicaが毎回検出され,寛解期でも検出されるため,膿瘍形成というより,緑膿菌と同じように気管支に定着していることが推測された.現在,患者の状態が安定しているため,本菌に対する抗生剤による積極的な治療は特に実施していない.ノカルジア症は,長期ステロイド投与のような免疫抑制された患者でみられる日和見感染症が一般的である.文献的には,気管支拡張症のように局所の器質的な障害がある患者でも発生することがいくつかの報告で見られるが4)5)6),定着例についての報告は見られていない.さらに,DPBの憎悪因子としては,インフルエンザ菌や肺炎球菌による感染が多く,最終的に緑膿菌が定着するケースが多く見られる.本症例では黄色ブドウ球菌の定着の後にノカルジアが定着した珍しいケースと思われる.慢性肺疾患では,培養検査で緑膿菌やクレブジエラなどが検出されても,症状が安定している場合は,一般的に抗菌薬は使用しない7).ノカルジアは,菌種によって臨床像が異なることが知られており,N.farciniaは,薬剤に耐性が多く,全身性に播種しやすいと言われている.Rolfeらは喀痰からノカルジアが検出されて臨床的にも合致すれば,起炎菌として治療するよう勧めている8).しかし,N.cyriacigeorgicaについての臨床像については,ステロイド投与中の筋膿瘍9)や免疫不全患者での播種性内臓ノカルジア症の報告10)が見られる程度で,本症例のように全身免疫能が正常である慢性気道感染患者に対してノカルジアの徹底的な除菌を行うか,あるいは緑膿菌定着患者などと同様な取り扱いでよいのか症例報告がない為問題を残している.今後憎悪因子となる可能性もあり,除菌治療に関しては,慎重に検討する必要があると思われる.
 またグラム染色にて起因菌を推定した場合,適切な情報を臨床へ提供しなければならない.
 ノカルジア症の発症は,多くは免疫抑制状態にある患者が多く,直ちに適切な抗菌薬を使用し徹底した治療を促す必要がある.しかし,慢性気道性疾患のような患者では,喀痰のグラム染色所見の異常性と患者の臨床症状が大きく相違する場合がある.多くは黄色ブドウ球菌や緑膿菌である場合が多い.今回の症例のように膿性痰のグラム染色で,多数の好中球の中にノカルジア様細菌のみが多数見られ,検査所見では重篤なノカルジア症を思わせた.しかし,患者は熱もなく日常生活を送っている為,緑膿菌などと同様に臨床的に定着とせざるを得なかった.定着か感染かは臨床医が患者の症状等から総合的に判断するものである.従って,日常検査におけるグラム染色の解釈や精度を上げる為には,細菌検査室は臨床医と密な情報交換を行い,症例を数多く検討し,データ蓄積をする必要性を強く感じた.

【謝 辞】
 今回同定して頂いた,千葉大真菌医学研究センター 矢沢勝清先生に深謝いたします.

【参考文献】
1)Byrne B,et al:Nocardia cerebral abscess:new concepts in diagnosis,management,and prognosis.J Neurol Neurosurg Psychiatry 42:1038-1045:1979
2)影山亜紀子,三上襄.臨床由来病原性Nocardia属菌の分類と系統解析日本医真菌学会雑誌Vol.48 No.2:73-78:2007
3)松尾潔,他.N.otitidiscaviarumによる肺ノカルジア症の一例,日本呼吸会誌79:879-890:2004
4)勝城裕子,他.びまん性汎細気管支炎に合併した肺nocaldia症の1例,日本呼会誌47:291-295:2009
5)佐藤哲史,他.肺結核後の気管支拡張症に続発し,スポルフロキサシンが著効した肺Nocaldia asteroides症の1例,感染症学雑誌76:212-215:2002
6)加藤正一,他.BALが診断,治療効果判定に有効であった気管支拡張症に合併した肺ノカルジア症の1例,気管支学18:590-593:1996
7)日本呼吸器学会.「呼吸器感染症に関するガイドライン」成人気道感染症診療の基本的考え方:第VII章 慢性閉塞性肺疾患(慢性気管支炎・肺気腫)の急性増悪と慢性持続感染
8)Rolfe MW,et al.Nocardisosis.Semin Respir Med 13:216-233:1992
9)三原弘 他.Nocardia cyriacigeorgicaによる半膜筋膿瘍の1例,内科Vol.96 No6:1160-1163:2005
10)Sameer Elsayed,et al.Nocardia cyriacigeorgica Septicemia,Journal of Clinical Microbiology.Jan:280-286:2006




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研  究

第31回 千葉県臨床検査学会 学術奨励賞受賞

       膵腫瘤性病変に対する超音波内視鏡下穿刺吸引法による細胞診
                                              千葉県こども病院 検査科 丸   喜 明 

Key words:Endoscopic ultrasonography-fine needle aspiration,Pancreas,Cytology

1.はじめに
 超音波内視鏡下穿刺吸引法(Endoscopic ultrasonography-fine needle aspiration:EUS-FNA)は,超音波内視鏡の優れた描出能を利用し,穿刺吸引によって病変から細胞・組織を採取する方法で,画像診断のみでは鑑別が困難な病変や経皮的生検などでは限界があった膵疾患の診断に有用な手段となっている1),2).EUS-FNAの膵病変に対する適応には,@化学・放射線療法施行前の組織学的根拠の取得,A良・悪性の鑑別が困難な膵腫瘍性病変,B腹水や腫大リンパ節における進展度把握があげられている.また,禁忌には@EUSによる病変描出が困難な病変,A出血傾向が確認された場合,B穿刺ライン上に血管が介在する場合があげられている3).このEUS-FNAは膵臓だけでなく,消化管の粘膜下腫瘍や周囲リンパ節,胆道疾患の診断にも有用であるとの報告もされている4),5),6),7).そこで今回我々は,膵腫瘤性病変に対するEUS-FNAの細胞診について検討したので報告する.

2.対 象
 千葉県がんセンターで2007年4月〜2010年10月までに,膵腫瘤性病変にEUS-FNAが施行された193例を対象とし,検体は細胞診200件と同時に施行された組織診200件(Table 1).平均年齢は64.0(22〜85)歳,男女比は110:83であった.

3.結 果
3.1.EUS-FNAによる細胞診・組織診の結果と成績
 最終診断で神経内分泌腫瘍とされた11例を除く,182例の細胞診検体189件の検体採取率は96.8%(183/189)で,悪性疑いを含む陽性155件,陰性28件,検体不適6件であった(Table 2A).組織診検体189件の検体採取率は89.9%(170/189)で,悪性疑いを含む悪性147件,良性23件,検体不適19件であった(Table 2B).組織診悪性126件の内訳は腺癌が最も多く122件で,この内117件の細胞診で腺癌を推定した.このような結果から,検体不適を除くEUS-FNAによる細胞診と組織診を比較すると,細胞診陽性(悪性疑い含む)と組織診悪性(悪性疑い含む)の一致率は100%(143/143),細胞診陰性と組織診良性の一致率は100%(23/23)であった(Table 3).
 EUS-FNAの成績をみるために,最終診断182例に対する感度(Sensitivity:SE)・特異度(Specificity:SP)・正診率(Accuracy:AC)・陽性的中率(Positive predictive value:PPV)・陰性的中率(Negative predictive value:NPV)を算出した.複数回EUS-FNAが施行されたものは,判定・診断が上位のもので集計し,検体不適は陰性・良性として扱った.細胞診単独ではSE:88.6%,SP:100%,AC:89.0%,PPV:100%,NPV:25.9%,組織診単独ではSE:84.0%,SP:100%,AC:84.6%,PPV:100%,NPV:20.0%であった.細胞診と組織診を同時に施行した場合は,SE:90.9%,SP:100%,AC:91.2%,PPV:100%,NPV:30.4%であった(Table 4).
3.2.EUS-FNAによって得られた細胞像・組織像
 本検討では,EUS-FNAによる細胞診の組織診結果に対する一致率は高かった.組織型としては腺癌が最も多く,細胞診でも十分に推定することが可能であった.腺癌1例と他の組織型4例の細胞像・組織像を示す.
 腺癌例の細胞像:核形不整,核小体を有して重積し,結合性の保たれた小集団でみられた(Fig.1A).また,変性核の目立つ結合性の比較的弱い集団もみられ(Fig.1B),中分化相当の腺癌を考える所見であった.腺癌例の組織像:凝血塊中に,粘液産生,核形不整,異型腺管様を呈する中分化相当の腺癌であった(Fig.1C,D).腺扁平上皮癌例の細胞像:壊死を伴って,ごく少数の扁平上皮系癌細胞と核形不整,核小体の目立つ腺癌と思われる細胞が小集団でみられた(Fig.2A).また,一部に変性,壊死,角化する癌細胞も認められ(Fig.2B),扁平上皮への分化を伴う腺癌を考える所見であった.腺扁平上皮癌例の組織像:壊死中に腺腔様構造や充実性増殖を示す集団でみられ,単細胞性の角化,細胞間橋が認められた(Fig.2C,D).扁平上皮癌例の細胞像:角化・変性・壊死が多く,bizarreな細胞がみられ,中分化相当の扁平上皮癌を考える所見であった(Fig.3A,B).扁平上皮癌例の組織像:角化を示す充実性胞巣と,核分裂像を有するN/C比の高い類円形細胞の充実性胞巣がみられた.一部に低分化な成分を伴う中分化相当の扁平上皮癌であった(Fig.3C,D).低分化な癌例の細胞像:大小不同,多核化,結合性の弱い集団〜散在性にみられた.角化や粘液産生はみられず,低分化な癌とした(Fig.4A,B).低分化な癌例の組織像:大小不同,多核化,核分裂像など異型が強く,角化,粘液産生,特定の構造を示さずに小集団〜散在してみられた.低分化な癌で,腺癌,扁平上皮癌,その他の癌との鑑別が困難であった(Fig.4C,D).退形成癌例の細胞像:破骨細胞様巨細胞を伴って,類円〜多辺形,単核〜多核の腫瘍細胞を認め,破骨細胞型巨細胞癌を考える所見であった(Fig.5A,B).退形成癌例の組織像:類円〜紡錘〜多辺形で,核形不整の単〜多核の腫瘍細胞と破骨細胞様巨細胞が密に増殖するGiant cell carcinoma of osteoclastoid typeであった(Fig.5C,D).
3.3.神経内分泌腫瘍におけるEUS-FNAによる細胞診
 神経内分泌腫瘍と最終診断された11例中,細胞診で腫瘍性と判定したのは8例(72.7%)で,その内訳は疑陽性1例(大型円形悪性腫瘍疑い),鑑別困難6例(神経内分泌腫瘍を推定),腫瘍性疑い1例(円形〜類円形細胞)であった.また,組織診で神経内分泌腫瘍とされたのは9例(81.8%)であった.細胞診で神経内分泌腫瘍を推定した6例は全て,組織診で神経内分泌腫瘍であった.
 神経内分泌腫瘍例の細胞像:類円形核を有して異型は強くなく,平面的な小集団〜散在性に多数みられた(Fig.6A,B).神経内分泌腫瘍例の組織像:凝血塊中に上皮様の結合を示してみられ,強い異型を示さない単調な腫瘍細胞より構成されていた.免疫染色でsynaptophysin,chromograninが陽性であった(Fig.6C,D).

4.考 察
 EUS-FNAは超音波内視鏡で病変を描出し,穿刺吸引によって安全で低侵襲性に細胞・組織を採取する方法で,近年消化管の粘膜下腫瘍や周囲リンパ節,膵胆道疾患の診断に役立つとされ,普及してきている1),2),4),5),6),7),8).これまでに多数の症例による検討はそれほど報告されていないため,今回我々は膵腫瘤性病変に対するEUS-FNAの細胞診について検討した.
 神経内分泌腫瘍とされた11例を除く182例のEUS-FNAによる細胞診検体の採取率は96.8%と良好であったが,組織診検体の採取率は89.9%であった.しかし,検体不適を除く細胞診の組織診結果に対する一致率は高いことから,組織診の検体採取の際,迅速細胞診で検体の適否を判断することは,不適標本の減少に役立つと考える.また,この182例の検討では,細胞診・組織診単独ではなく同時に行うことで,SE,SPの向上が確認された(Table 3).このことから,細胞診・組織診を同時に行うことは診断精度向上に有用であると考える.PVについては,PPVが100%と高いものの,NPVは細胞診・組織診を同時に施行しても30.4%と低かった.今後,穿刺針の種類による相違,検体処理方法などを検討していく必要性があると考える.
 EUS-FNAは,膵の神経内分泌腫瘍の診断や腫瘍の位置を把握するのに重要であるとの報告がされている10).今回の検討でも,腫瘍性といえる細胞が採取されていない例があるものの,EUS-FNAで神経内分泌腫瘍を推定することは十分可能であると考える.
 本検討では,膵腫瘤性病変において細胞診と組織診を同時に施行することでEUS-FNA成績が向上すること,細胞診で神経内分泌腫瘍を推定することが十分可能であることが明らかとなった.EUS-FNA検体による分子生物学的検討も報告されている1),9)ことから,今後さらなる検討により,診断精度の向上だけでなく,治療や予後の把握の一助となることが期待される.

5.参考文献
1)Kuniyuki T,Kenji Y,Kenji O,et al.Differential diagnosis of pancreatic cancer and focal pancreatitis by using EUS-guided FNA. Gastrointest Endosc 61:76-79,2005
2)Charitini S,Paschalis C,Panagiotis K,et al.Endoscopic ultrasound-guided fine-needle aspiration cytology in the diagnosis of intraductal papillary mucinous neoplasms of the pancreas.A study of 8 cases.J Pancreas 8:713-724,2007
3)知念健司,山雄健次,澤木明,ほか.超音波内視鏡ガイド下膵生検.胆と膵31:855-862,2010
4)Kazuya A,Yorinobu S,Noriaki M,et al.Preoperative diagnosis of gastrointestinal stromal tumor by endoscopic ultrasound-guided fine needle aspiration.World J Gastroenterol 13:2077-2082,2007
5)Okubo K,Kenji Y,Tsuneya N,at al.Endoscopic ultrasound-guided fine needle aspiration biopsy for the diagnosis of gastrointestinal stromal tumors in the stomach.J Gastroenterol 39:747-753,2004
6)山口武人,原太郎,大山奈海,ほか.EUS,EUS-FNAによるリンパ節診断.胆と膵 30:967-972,2009
7)Brian C.Jacobson,Martha B.Pitman,William R.Brugge.EUS-guide FNA for the diagnosis of gallbladder masses.Gastrointest Endosc 57:251-254,2003
8)Kenji Y.Complications of endoscopic ultrasound-guided fine-needle aspiration biopsy (EUS- FNAB) for pancreatic lesions.J Gastroenterol 40:921-923,2005
9)Hideaki K,Shomei R,Tomohiko H,et al.Comparative genomic hybridization analysis for pancreatic cancer specimens obtained by endoscopic ultrasonography-guided fine-needle aspiration.J Gastroenterol 40:511-517,2005
10)Niraj J,Asif K,Neeraj,et al.EUS-guided FNA diagnosis of pancreatic endocrine tumors:new trends identified.Gastrointest Endosc 67:44-50,2008







Table 1
EUS-FNAが施行された193件の最終診断
細胞診・組織診ともに200件であるが,7件は同一患者に2度EUS-FNAが施行されたため193例
 
 Table 2 EUS-FNAによる細胞診,組織診189件の結果(最終診断:神経内分泌腫瘍を除く)
 
Table 3 EUS-FNAによる細胞診と組織診結果との比較(189件)
 
 
       Table 4 EUS-FNAによる細胞診,組織診の最終診断182例に対する成績
最終診断193例中,神経内分泌腫瘍を除く182例についての成績を算出.EUS-FNAが複数回施行された
例は,判定・診断が上位のもので集計し,検体不適は陰性・良性として扱った.表中の( )は症例数.
 Fig.1 腺癌 EUS-FNAによる細胞像と組織像


A:核形不整,核小体目立つ小集団(Papka×40)
B:変性核目立つ(Giemsa×40)
C,D:
  粘液産生,核形不整,異型腺管様を呈する中分化相当の腺癌(HE×40)
 
 
Fig.2 腺扁平上皮癌 EUS-FNAによる細胞像と組織像 


A:癌細胞は扁平上皮系がごく少数散在し,腺系は小集団でみられた(Pap×40)
B:変性,壊死を伴って角化する癌細胞(Giemsa×40)
C:腺腔様構造(HE×40)
D:単細胞性の角化や細胞間橋がみられた(HE×40)

 
 
Fig.3 扁平上皮癌 EUS-FNAによる細胞像と組織像
 
A,B:
  角化・変性・壊死に陥った細胞が主体
  (Pap×40,Giemsa×40)
C:角化を伴った充実性胞巣(HE×40)
D:類円形核が主体の低分化な成分

Fig.4 低分化な癌 EUS-FNAによる細胞像と組織像 
 
A,B:
  角化や粘液産生はみられず,大小不同,多核化,結合性の低下を示す(Pap×40,Giemsa×40)
C,D:
  異型強く,特定の構造を示さない低分化な癌で,腺癌や扁平上皮癌の鑑別が困難(HE×40)

Fig.5 退形成癌 EUS-FNAによる細胞像と組織像 
 
A:単〜多核の腫瘍細胞
  (Pap×40)
B:破骨細胞様巨細胞
  (非腫瘍性)Giemsa×40)
C,D:
  類円〜紡錘〜多辺形,単〜多核の腫瘍細胞と破骨細胞様巨細胞(矢印)
  (HE×10,×40)

Fig.6 神経内分泌腫瘍 EUS-FNAによる細胞像と組織像 
 
A,B:
  類円形核,結合性の弱い小集団〜散在してみられた
  (Pap×40,Giemsa×40)
C:異型は強くなく,上皮様結合を示す(HE×40)
D:synaptophysin陽性,
  chromogranin陽性
  (Immunostaining×40)
 

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施設紹介

国保国吉病院組合いすみ医療センター


 今回の施設訪問は国保国吉病院組合いすみ医療センターを訪ねさせていただきました.
 いすみ医療センターはいすみ市と御宿町,大多喜町の中央の緑あふれる田園地帯に所在しています.平成21年2月に前身である国保国吉病院が病院施設建て替えとともに新病院としていすみ医療センターとして診療を開始しました.
 診療科は内科,神経内科,消化器科,小児科,外科,整形外科,神経内科(脳血管),皮膚科,泌尿器科,婦人科,眼科,耳鼻咽喉科,リハビリテーション科,放射線科,歯科の15診療科をそなえ,職員数は150名(内医師数は14名).病床数は一般病棟92床,療養病棟48床,感染症病棟4床の計144床です.1日平均患者数は入院80人,外来246人だそうです.平成21年に新設しているので外装,内装も非常に綺麗で清潔感にあふれていました.また,免震構造を有しており,先の東日本大震災の影響は皆無だったそうです.病院全体で節電に積極的に取り組んでおり,人のいないトイレや階段等は自動的に消灯される仕組みになっていました.
 まず,取材をはじめるにあたり,姫野雄司病院長にお話をお伺いいたしました.いすみ医療センターは,全国でもめずらしい老人保健施設を併設した病院であり,検査科においては,生体検査の充実をはかっているとのことでした.

【検査室概要】検査室スタッフは検査技師5名で運用されており,夜間の検体については宅直で対応されているそうです.ほとんど毎回呼ばれるとか?呼ばれないとか?

【検体検査室】検体検査は3名程度で生化学検査,血清・免疫学検査,血液検査,一般検査等を行っているとのことでした.病理検査,細胞診検査,細菌検査については外注に出されているそうです.
 院内検査システムにはHi-LABO-Sを,外注の病理検査,細胞診検査,細菌検査にはYahgeeシステムを導入し,円滑に処理されているそうです.院内検査で使用している機器は一部を除いて検査システムにオンラインされているそうです.
 少ない人数でも全体が見渡せるように,検査機器の配置にはずいぶん苦労したと齋藤科長はおっしゃっていました.なんでも機器の配置には3Dのデザイン用ソフトを使って図面を30〜40回は作り直したとか.スタッフの仕事の流れや検査数によって検査機器の配置も工夫されているそうです.今後の検査業務拡大に伴う検査機器の増加にも対応できるように配置は考えられているそうです.
 検査機器のケーブルは全て床下に収納されており,非常に見渡しやすいように作られておりました.恥ずかしながら筆者の施設は床上も,天井からもケーブルだらけです.
 検体検査室には採血室,採尿室が併設されておりました.採尿コップ置き場は検査室と通じており,検体置き場の窓は通常より大きめに設計されていました.ご老人の患者様が多いそうで,コミュニケーションを取りやすいようにとのことでした.また,検体検査室は周囲の部屋や廊下と比べて陰圧になっており,検査室内の空気が外に漏れださないよう工夫されておりました.
使用機器:臨床検査システムHi-LABO-S(ニューコン株式会社),採血管準備装置BC-ROBO,生化学・血清・免疫学測定機器 AU-680(BECKMAN),i1000SR(Abbott),Cobase e601(Roche),HLS723 G8(東ソー).
血液検査測定装置 XE-5000(シスメックス),CA-1500(シスメックス),Quick eye(テクノメディカ),GASTAT-602i(テクノメディカ).
尿一般検査測定装置US3100R plus(栄研),Quick RUN(和光).

【生理機能検査室】生理機能システムとしてフクダ電子社製EFS-8800を導入しておりました.EFS-8800システムを導入することにより,システム上で結果の修正が可能であり,検査波形等を簡便に電子カルテから参照することが可能だそうです.中規模病院として生理機能検査システムを導入している施設はそうそう無いとの事でした.
 生理機能検査は12誘導心電図,ホルター心電図,ABI/CAVI,呼吸機能検査,脳波検査,超音波検査,睡眠時無呼吸検査を2名で行っていました.検査結果は12誘導心電図,ホルター心電図,ABI/CAVIで検査システムとオンラインされており,検査オンラインされていない検査についても検査結果をスキャナーで取り込み電子化して,病院電子カルテから検査結果を参照することが可能となっておりました.オンラインされている検査については電子カルテ上で検査波形の大きさ等を変えることができるとの事でした.超音波検査は心臓,腹部,頸部,甲状腺を行っているそうです.
 検査用のベッドは電動昇降機付きで患者様のベッドへの移動が簡便にできるよう用意されておりました.
使用機器:心電図ファイリングシステム EFS-8800(フクダ電子),心電計 Cardio star(フクダ電子),血圧脈波装置VS-1500(フクダ電子),ホルター心電図解析装置 SCM-6600(フクダ電子),呼吸機能検査装置FUDAC-77(フクダ電子),脳波計SYNAFIT(日本光電),SAS LS-120S(フクダ電子),超音波診断装置Xario-XG(東芝)

【おわりに】今回は姫野雄司病院長,齋藤科長をはじめ,いすみ医療センター検査室の皆様の御協力で無事に取材を終えることができました.ありがとうございました.
                         (小川 優・福田憲一・山口 翔)

病 院 全 景 病 院 受 付
姫野病院長と斎藤科長 採 血 室
採 尿 室 検体検査室全景
検体検査室全景 血算測定中
 研究用のインフルエンザ検査装置  血液ガス測定中の先生
   
 生理検査受付 ABI/CAVI測定中 
   
睡眠時無呼吸検査の解析中   検査科のみなさま
   



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研究班紹介

輸血検査研究班
東京都赤十字血液センター 
仲 村 由紀雄 

 輸血検査研究班は,本年度より新任の2名を含め10名の班員で活動しております.研究班の主な活動は,研修会の開催,千臨技精度管理,千葉県輸血研究会の後援になります.
 研修会は血液型,不規則抗体,交差適合試験などの検査をはじめとした基本的な内容から,輸血の安全性,輸血検査体制,トラブルシューティングなどの研修会を開催してきました.また,研修会には多数の会員の方々に参加していただけるように,同じ内容の研修会で場所を変えて開催するなど新たな試みも行いました.また,夏には実技講習会を行っています.その年によって異なりますが,輸血検査を担当してまだ日の浅い方や日当直のみ輸血検査を担当する方を中心とした初級コース.輸血検査のスキルアップを目的とした中級コース.認定輸血検査技師試験受験を目指している方や輸血検査歴の長い方を中心とした上級コースなどに分けて実施しています.
 今年は,7月9日,10日の2日において,経験年数と検査内容によりこちらで基礎コースの@(経験年数3年未満)A(3年から5年)B5年以上と分けさせていただき,行いました.講習内容がコースによって異なるため,コース別に班分けを行い,各班に1〜2名の研究班員が指導を行うといった形式で実技講習を行いました.講習中の空き時間にはどの班でもディスカッションが行われており,各施設の輸血検査の現状・問題等を話し合う良い機会でもありました.多数の施設の方から参加して頂き,活気のある講習会とすることが出来ました.
 会場はどこにするか…,内容はどうするか…など充分でないかも知れませんが,これからも,日常検査に必要な知識や最新情報の取得ができるような研修会や実技講習会の開催ができるように努力していきたいと思っていますので,多数の参加をお待ちしております.
 更に検査を行う上で重要である精度管理は,千臨技が力を入れている事業の1つでもあります.輸血検査は,人命につながる間違いの許されない検査であり,正確にまた確実に実施されなければなりません.安全・安心な輸血を実施するためにも,その品質が保証されなければなりません.研究班としても,検体内容をよく話し合い,検体を準備し,各施設に発送しています.後日,各施設から頂いた結果をまとめ,年末の中間報告会,翌年春の精度管理報告会の発表をもって一連の活動が終了します.
 最後になりますが,各施設の日常業務において,疑問や問題点等がありましたら,研修会に参加した時にでも,ぜひ研究班員に教えていただければと思います.班員だけではなく,皆様と一緒に研究班を盛り上げていきたいと思っています.そして,より意義のある活動につなげたいと思います.御協力をお願い致します.
 簡単ではありますが,これをもって輸血研究班の紹介を終わります.


   
本年度実技講習会の様子