平成15年 4月12日 第1回微生物研究班研修会

平成15年4月12日に行われた、第1回微生物研究班研修会の要旨を掲載します。


感染症の診断治療における医師が実施する検体の塗抹検査(グラム染色)の有用性について

             船橋二和病院 医師  下山 英

感染症の診断治療の基本は、感染臓器と原因となる病原体を特定し、適切な薬剤を選択する事にあります。最近はペニシリン耐性肺炎球菌、多剤耐性のグラム陰性桿菌、MRSA(メチシリン耐性黄色ぶどう球菌)、VRSA(バンコマイシン耐性黄色ぶどう球菌)、VRE(バンコマイシン耐性腸球菌)など、耐性菌の出現と増加が問題になっていますが、広域の抗生物質の乱用が要因の一つと考えられています。広域の薬剤は生体の防御機構である体内の常在菌を抑制して菌交代現象や日和見感染症を生じさせ、各種耐性菌を誘導する危険性があります。グラム染色は細菌検査室でルーチンワークとして行われている基本的な手技ですが、医師が患者の検体のグラム染色を行う事で、起因菌を絞り込んで適切な狭域の抗生物質を選択する事が可能になります。溶血性連鎖球菌、肺炎球菌、黄色ぶどう球菌、インフルエンザ菌、モラキセラ・カタラーリス、大腸菌、緑膿菌、クレブシェラ、キャンピロバクター、コリネバクテリウム、カンジダなど、主要な菌はグラム染色の所見により形態学的に推定できます。グラム染色は高価な医療器具を必要とせず、染色液と流し場、顕微鏡があれば手軽に実施できます。培養検査と異なり、検体を採取してから10分程度で結果が得られる迅速性が最大の利点です。塗抹検査と培養検査の一致率は60〜80%と報告されていますが、常に培養の結果が正しいわけではなく、嫌気性菌、死菌、常在菌に埋もれた少数の起因菌などは、塗抹検査でのみ検出できる場合があります。医師が行う塗抹検査の問題点として、検鏡して所見を取るのにある程度の経験と慣れが必要、形態学的に同一の菌は鑑別できない、感受性の結果はわからない、わずかだが時間と手間を取られる、検鏡者の熱意に左右される、感染症の専門医が少なく一般的に菌や抗生物質に関して医師の知識が不足している(塗抹の結果から何の抗生物質を選択すべきか判断できない)、病院全体や検査室の協力が必要、といった点が挙げられます。現状では日本で医師が日常的に検体のグラム染色を行っている病院はごく少数です。ただ最近は感染症に関する医学界全体の認識が変化してきており、学会や各種雑誌の感染症関連の特集号などで、医師が行う検体のグラム染色の有用性について取り上げられる機会が増えてきています。今後は日本でも次第に普及していく事が期待できます。







標本固定法の違いによるグラム染色性の違い(フェイバーGセットの使用経験を中心に)

                  順天堂大学浦安病院  検査科  中澤 武司

今回、丸山班長から、千葉県サーベイでフェイバーGセットの成績が悪いため、原因を追求の依頼があり、自分なりに考察して、固定が問題ではないかと考え、今回このようなタイトルを頂いた。しかし実際検討してみると、一律に解釈する事は難しく、結局は、標本の取扱法と染色手技の問題であると思われた。

T.材料及び方法

@ 固定方法

 (材料をスライドガラスに塗布し自然乾燥する)

 ・火炎固定 : 35秒 2

 ・95%エタノール(病理で細胞診に使用):5

 ・中性緩衝ホルマリン(病理で組織に使用):5

A 材料

 ・新鮮血液

 ・各種臨床材料

U.結果

@新鮮濃厚血液塗抹の細胞形態を観察すると、アルコール固定では、白血球や赤血球の細胞形態

の保存性に優れ、ホルマリン固定と比較すると、血色素を良好に保持して、きれいな円盤状の形態を保持していた。また背景の血漿成分もよく保持していた。ホルマリン固定では、血色素は全て脱落し、背景の脱落も見られ、火炎固定では、両者の中間を示した。

Aフェイバー法は、分別と分別後の水洗が悪いと、細胞や血球成分が多い検体、蛋白濃度が高

い検体では、細胞や背景に脱色不良や顆粒が残る傾向があり特に血色素を良好に保持し

た赤血球で顕著に見られた。バーミ法ではフェイバー法に比較してこの点は軽度であった。

B新鮮濃厚血液塗抹での、バーミ法とフェイバー法の固定による脱色時間の比較では、バーミでの

沃素の後の脱色分別は、どの固定法でも約10秒程度の短時間で終了した。対してフェイバー

脱色分別は、火炎固定とアルコール固定で1分以上を必要とし、さらにピクリン酸を落とす

水洗でも同等の時間を費やした。この現象は、アルコール固定で顕著になった。対してホルマリン

固定では、約10秒程度の脱色と水洗で完了した。

V.考察

@薄く均一な塗抹標本で適切に染色すれば、固定の違いによる判定の影響は見られない。

A固定の影響は、細胞を含めた背景に依存した。

 ・ビクトリアブルーと細胞や蛋白の結合は、クリスタルバイオレットに比較して親和性が高く、細胞や背

景濃度が厚くなると顕著に示す。(脱色に抵抗性)

 ・媒染剤であるピクリン酸は、細胞や蛋白と結合し、洗浄不良では対比染色の色が入らず顆

粒が析出する。

従ってフェイバー法では、背景の保持がよいアルコール固定では、良好な結果が得られない場合があると考える。グラム染色での固定の影響については、アルコール固定では、細胞の保持が優れているが、細胞以外の背景の保持も優れているため背景に散ったグラム陰性桿菌が見にくくなる傾向があり、ホルマリンでは細胞と背景に脱落や萎縮が見られたが、背景が整理され、背景に散った細菌が見やすくなる傾向が見られた。

Bフェイバー法での対策としては、

1)塗抹標本の作製は、なるべく薄く均一な標本を作る。

2)脱色分別後、ピクリン酸の黄色を完全に落とすまで充分水洗する。

3)細胞や血球成分が多い検体、蛋白濃度が高い検体では、特に上記に注意する。

 ・脱色時間は、原著では3分までOK

 ・お湯50℃前後または、20%アルコールの洗浄で短縮。

W.最後に

当院では11年間フェイバーG染色キットを使用しているが、私なりの評価では、簡便で再現性の高い染色キットであると評価している。理由としては、ルゴールを媒染剤とするハッカ‐変法の市販キットに比較して

@試薬キットのセット価格でハッカー類似の方法と比較し約500円〜1000円程度割安

A簡便で迅速。グラム陽性の媒染とグラム陰性の脱色を同時に反応させるため簡便でその分

迅速に対応。このピクリン酸とアルコールの媒染と脱色は、適切な標本であればルゴールとアルコール

の組合せに比較して時間にルーズであっても、よく染め分けされ短時間で終了する。

Bロット間差が見られず、再現性がよい。長い間使用していますが、ロットによって脱色時間

や傾向が変わったなどの、染色性の変化は見られず、室温保存で比較的長期間安定。

しかし簡便である反面、ハッカー変法類似の方法より限界点が低い事も事実である。この点を充分理解して対応すれば、ハッカー変法類似の方法となんら遜色がなく使用でると思われる。近年迅速検査としてグラム染色が見直され、迅速に簡便な方法でマニュアル化することが要求されている。まず確実に染色できるよう、染色法の利点欠点をよく理解し、状況に応じた使い分けが必要であると思われた。

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