千臨技会誌 2008 No.3 通巻104

みて見て診よう 脳腫瘍の細胞診(1)
−画像とGlioma−
日本医科大学千葉北総病院 病理部
清水 秀樹
みて見て診よう 超音波で消化管を,
みて,見て,診よう(1)
旭中央病院中央検査科
関根 智紀・朝田  寛
研  究 NSTにおける栄養評価項目の検討 旭中央病院 中央検査科
日色 順子  中嶋 宏介  石毛 久恵  布施 義也
土井 裕一  高木 正義  高橋 英則
研  究 喀痰の緊急塗抹検査の試みとその有用性 千葉市立海浜病院 臨床検査科
静野 健一    牧野  巧
山田 房子    郡  美夫
研  究 Helicobacter pylori除菌により
改善が認められた鉄欠乏性貧血の一例
千葉県済生会習志野病院検査科
赤間 陽太   丸山 英行   吉崎 英清
資  料 生命倫理と臨床検査技師
Bioethics and Medical Technologist
千葉県臨床検査技師会々員
加藤 恵一
施設紹介 千 葉 西 総 合 病 院 千葉県立東金病院
森川 一裕
研究班紹介 細胞診検査研究班の紹介 千葉県こども病院 検査部病理科
有田 茂実 (Shigenari Arita)



みて見て診よう!
脳腫瘍の細胞診(1)
−画像とGlioma−
日本医科大学千葉北総病院 病理部
清 水 秀 樹

1.はじめに
 脳腫瘍とは頭蓋内の脳実質(主に神経膠細胞)・髄膜・結合組織・先天性遺残組織から発生する新生物(原発性脳腫瘍)と癌などが転移する転移性脳腫瘍を指す.これらの脳腫瘍に対し,細胞診は,主に術中迅速診断に用いられる.脳腫瘍術中迅速診断時の組織は,組織片が極めて小さく,凍結切片作製時のアーチファクトが強い事もあり,細胞診を併用する事により正しい診断が得られる事は周知の通りである.
一方,画像診断は,1970年代CTやMRIの登場,1980年代に入りMRI(Magnetic resonance imaging)が臨床応用され,手術で開頭する前に腫瘍の大きさや局在,悪性度や性状など質的診断,脳機能局在との関係まで画像で表されるようになり,現在では脳腫瘍の診断,治療に欠かせないものになっている.術中迅速組織診断,細胞診断を行うに先立ち,臨床情報を熟知する事により,的確な判定がなされるのは,脳腫瘍に限らず他の臓器においても重要な事である.今回は画像と細胞像に焦点をあてた脳腫瘍細胞診についてまとめた.
 尚,脳腫瘍の組織分類は様々なものが存在するが,今回我々は組織分類,腫瘍の定義などに脳腫瘍取り扱い規約第2版(2002年)
(以下,取り扱い規約)を用いた.
2.脳腫瘍の種類をみてみよう
 脳腫瘍の取り扱い規約
1)から,著者らが簡易に編集した組織分類を下記に示す.大別には組織発生による分類が主となるが,亜型分類や悪性度の評価,分類には疫学的,分子生物学的要素が加味されている.
J.神経上皮性腫瘍
A.星細胞系腫瘍Astrocytic tumor
 1.限局性星細胞腫
   a.毛様細胞性星細胞腫@
   b.多形黄色星細胞腫A
   c.上衣下巨細胞性星細胞腫@
 2.浸潤性星細胞腫
   a.びまん性星細胞腫A
   b.退形成性星細胞腫B
   c.膠芽腫C
B.乏突起膠細胞系腫瘍
  乏突起膠腫A,退形成乏突起膠腫B
C.上衣系腫瘍:上衣腫A
D.脈絡叢腫瘍:脈絡叢乳頭腫@
E.由来不明のグリア系腫瘍
F.神経細胞及び混合神経細胞・膠細胞腫瘍
G.松果体実質腫瘍
H.胎児性腫瘍
K.脳神経および脊髄神経腫瘍
A.シュワン細胞腫(Schwannoma)
B.神経線維腫
L.髄膜の腫瘍
A.髄膜皮細胞由来の腫瘍:髄膜腫
B.髄膜腫以外の間葉系由来の腫瘍
M.血管系腫瘍
N.脳原発悪性リンパ腫とその関連疾患
O.胚細胞腫瘍:
Germinoma
P.嚢胞性病変
  
頭蓋咽頭腫,ラトケ嚢胞,皮様嚢腫
Q.下垂体腫瘍と下垂体炎

*Glioma膠腫はグリア細胞(膠細胞)由来の腫瘍の総称 上記J.A〜D.広義のグリオーマは神経上皮性腫瘍の総称上記J.A〜H.○数字はgradeを示す.
神経膠腫(Glioma)について
 Glia細胞に由来する腫瘍群で原発性脳腫瘍の代表的なものである.一般にGliomaの悪性度を表現する手段としてgradingが用いられている.gradeは1)核の異型性 2)核分裂像 3)血管の増殖 4)壊死 5)細胞密度により決められ,異型の弱いものをgradeJ,強いものをgradeMの4段階が用いられている.この際,gradeJ・Kをlow-grade astrocytoma,gradeL・Mをhigh-grade astrocytomaと呼ぶ事がある.これは術中迅速診断においてgrade LとMは,手術方式が同じであり,2つを積極的に分ける必要性がない事.多彩な組織像をとる傾向があるため,術中迅速診断時の小さな組織塊では2つの組織型を正確に分ける事が困難である事による.組織分類との対比ではlow-grade astrocytomaはびまん性星細胞腫に相当し,high-grade astrocytomaは退形成性星細胞腫・膠芽腫に相当する.

3.画像をみてみよう

 中枢神経領域ではCTやMRIを用いる事により,腫瘍の存在,部位,形等を観察する事ができる.特にMRIは水分の多い脳腫瘍に適しており,脳腫瘍の発生部位,腫瘍の形,大きさ,浮腫,嚢胞の存在など知る上でなくてはならないものである.MRIは強い磁場の中で人体にラジオやテレビの電波と同じような電磁波を照射し,それに対して発生する共鳴信号(核磁気共鳴)を測定して画像化したものである.特徴を下記に記す.
MRI全般
 1.信号強度が多くのパラメーターによって左右されコントラスト分解能が高い.
 2.任意の断層像特に矢状,冠状断層像が得やすい.
 3.後頭蓋窩,脊柱管内,頭蓋・脊椎接合部の病変の診断に優れる.
 4.血管性病変の診断能が高い
 5.骨からのアーチファクトが少ない
MRI T1強調高信号
 ・脂肪
 ・高濃度蛋白を含む液体(頭蓋咽頭腫,ラトケ胞)
 ・常磁性体効果(出血によるメトヘモグロビン,メラニン)
MRI T2強調高信号
 ・自由水(水分),脳脊髄液,浮腫
MRI T1Gd
 ・小さい腫瘍
 ・多発性腫瘍
 ・腫瘍の広がり(脳浮腫と腫瘍の鑑別,境界の描出)
 ・髄膜播種
 ・再発腫瘍
 ・非腫瘍性病変の活動性の診断
 ・炎症の診断
  (神経疾患のMRIより引用一部改変)
 MRI画像のうち,MRI T1Gdは造影剤(ガドリニウム:Gd)を用いたMRI T1撮影で,脳病変においては腫瘤の位置,大きさ,型が最もよく反映される方法である(写真1).通常Gdは脳血管の特徴である血管脳関門を通過しないが,梗塞,炎症などにより血管脳関門が破壊された時には間質に漏れ出し,MRI T1でenhanceされる.また,腫瘍性血管では血管脳関門は存在しないため,同様に間質に漏れ出したGdがMRI T1でenhanceされる.従って,MRI T1Gdでenhanceされる部位から採取された細胞像は,一般的には異常血管の存在=腫瘍,正常血管の破綻=炎症,循環障害等の高度な像が得られる
2).一方,MRI T2は水成分(組織間水)を反映しており,脳病変では浮腫性変化を表現している2)3)4).従ってMRI T2でenhanceされる部位から採取された細胞像は良性では浮腫像,反応性変化の像が,腫瘍では浸潤像,特に浸潤性星細胞腫の浸潤像が得られる2)5)6)7)
 術中迅速診断前の画像を利用した臨床医とのディスカッションの終了時には組織型の絞込みのみならず,組織試料採取部位における予測される細胞像のあらゆる可能性が想定できているのが理想的である.
4.細胞診に必要なMRI画像の異常を見てみよう
 MRIは多方面から観察する事ができる利点がある.MRIで腫瘤が見られた場合,脳実質内腫瘍(Intra-axial)か脳実質外腫瘍(Extra-axial)か注意深く観察する事が大切である.脳実質内腫瘍の代表的なものにグリオーマ,脳実質外腫瘍の代表的なものにmeningioma,Schwannoma,下垂体腺腫が上げられる.極端ではあるが,画像により脳実質内腫瘍か脳実質外腫瘍かわかる事により,細胞観察時にはGliomaとmeningioma,Schwannomaとの細胞像上の鑑別は不必要となる.
 写真1に代表的な画像の表現と画像を示す.写真1(a)MRI T1Gd画像は脳実質外腫瘍の代表的なmeningiomaの症例である.腫瘍は硬膜に接し,脳実質の圧排を伴う膨張性発育を認める.写真1(b)MRI T1Gd画像は脳実質内腫瘍であるhigh-grade astrocytomaの症例である.Ring状にenhanceされる(ring-enhance)腫瘍を認める.Ring-enhanceはhigh-grade astrocytomaの特徴の1つとされているが,転移性癌,悪性リンパ腫,非腫瘍性病変においてもring-enhanceを認める事があるので細胞診断には注意を要する.Enhanceされる部位が細胞増殖が旺盛で,かつ腫瘍全摘出手術の臨床上の範囲の目安になる.写真1(c)MRI T1Gd画像はhigh-grade astrocytomaの症例である.Ring-enhance周囲のやや暗い部位は浮腫である.写真1(d)MRI T2画像は(c)と同一症例である.脳実質の浮腫の範囲が白く映し出されている.皮質に向かう浮腫像は手指のような形をしており白質領域の浮腫である事がわかる.中央部は脳脊髄液である.
5.標本を作製をしてみよう7)8)
 当施設では基本的に圧挫Papanicolaou染色標本を作製する.圧挫標本の利点は腫瘍細胞の線維の確認のしやすさのみならず,脳実質成分の観察ができる点にある.術中迅速診断に提出された組織微小片より,約0.5mm
を2〜3ヶ所採取し,1枚のスライドガラスにのせる.そして,別のスライドガラスではさみ,圧挫,すり合わせを行い,95%エタノールで1分間固定.その後,Papanicolaou染色を行う.また,組織片が異常に小さい場合や悪性リンパ腫,未分化胚細胞腫瘍などのリンパ球が関与する腫瘍は捺印塗沫Giemsa染色を行う事により判定の手助けになる.他の臓器同様,術中迅速細胞診標本作製時は感染症に充分注意をする.塗沫面のドライヤー乾燥は,可能な限り安全キャビネットを使用する.
6.症例を診てみよう
 −Gliomaについて−
Case 1
毛様細胞性星細胞腫Pilocytic astrocytoma.
                      (写真2)

どんな疾患かみてみよう

星細胞系腫瘍・限局性星細胞腫に分類される.毛髪上の細長い突起をもつ紡錘形細胞からなるastrocytomaである.主に小児に発生し小脳,脳幹,視神経,視床下部が好発部位である.しばしば強い好酸性をもつ均質無構造なソーセージ状のローゼンタール線維(Rosenthal fiber)が認められる.
画像を見てみよう
小脳に胞を伴い壁在結節がenhanceされている.第4脳室付近の圧迫のため,水頭症(側脳室の開大)を認める(a)(b).
細胞を診てみよう
壁在結節部位の細胞像は,細い線維を背景に楕円形核の密な増殖を認める(d).細胞質は細長いグリア線維を有し(e),Rosenthal fiber(f・Arrow)が見られる.Pilocytic astrocytomaの細胞像である.
組織を診てみよう
線維性背景に楕円形核の密な増殖を認める.背景にエオジン好染の棍棒〜球状のRosenthal fiberやeosinophilic granular bodyが見られる(c).細胞像と一致する像である.
診断ポイントをみてみよう
@画像が特徴的である.A手術時のsamplingにより小脳成分が入りこんでくる事がある.小脳顆粒層細胞を髄芽腫,悪性リンパ腫とプルキンエ細胞を癌やgliomaなどと間違えないようにしなければいけない.BRosenthal fiberはグリア線維の変性したものである.腫瘍細胞密度の高い部位に見られる事が多い.また,頭蓋咽頭腫,血管芽腫のような発育緩慢な腫瘍周囲のgliosisの部分にも見られる.Cadult typeとjuvenile typeに区別される.本症例は充実性部分からなり,micro cystのほとんど見られないadult typeである.C時に核異型の強い細胞の混在を認める.臨床的,画像的に本腫瘍が疑われる場合,今回の細胞像,Rosenthal fiberやeosinophilic granular bodyを探し出し診断の糧とする.
Case 2
Low-grade astrocytoma.
(びまん性星細胞腫 Diffuse astrocytoma)(写真3)

どんな疾患かみてみよう
星細胞に類似の腫瘍細胞が脳実質内に浸潤性に発育する腫瘍である.若年成人に多いが,小児にも発生する.周囲の脳実質に向かって浸潤性に増殖するが,既存の解剖学的構造を破壊する事は少ない.組織学的には正常の白質よりも細胞密度が高くなっており,そこに異型を示す核と好酸性の細胞質をもち,繊細な突起を星芒状に伸ばす腫瘍細胞がびまん性に増殖している.腫瘍の浸潤部では,腫瘍細胞が神経細胞の周囲,血管の周囲,軟膜下,脳室上衣下に集積する事が多い.
画像を見てみよう
右大脳に直径20mmのmassを認める.MRI T1Gdでenhanceされず(a),MRI T2でenhance(b)される.腫瘍周囲のedemaは見られない.
細胞を診てみよう
線維性背景に,円形細胞を認める(d).個々の細胞の核は立体感をもち,軽度の核形不整を示す.細胞質からグリア線維が見られ,これらが背景を構築している.腫瘍細胞のみが見られ,単調な印象を受ける.low-grade astrocytoma 腫瘍細胞主体の像である(e).別な部位では,背景に網状物質を認め,神経細胞を取り囲むように腫瘍細胞が出現している.腫瘍細胞のグリア線維は不明瞭である.脳実質への浸潤を示唆する細胞像である
2)
組織を診てみよう
小円形細胞が多数出現している.腫瘍細胞のみで構成され単調な印象である(c).細胞像(d)(e)と一致する所見である.
診断ポイントをみてみよう
@画像が特徴的である.多くの脳腫瘍はMRI T1Gdでenhanceされるが,主に本腫瘍とoligodendrocytoma,DNTがMRI T1Gdで増強されずMRI T2でenhanceされるpatternをとる.A画像における腫瘍中心部からのsamplingにおいても脳実質への浸潤像が得られる事がある.その場合,腫瘍細胞のGlia線維が不鮮明になり,診断は軽度の核異型を有するastrocyteの認識にゆだねられ,腫瘍細胞の数が少ない標本の診断は,最も熟練を要する所である.腫瘍細胞のみの場合,圧挫標本ではグリア線維が良く観察され,その有効性は凍結組織標本を上回る事さえある.
Case 3
High-grade astrocytoma.(写真4)

どんな疾患かみてみよう
退形成性星細胞腫anaplastic astrocytoma
脳内に浸潤性に増殖するastrocytomaであり,明らかな退形成性変化と増殖能の亢進を示す腫瘍である.Malignant gliomaやhigh grade astrocytomaとも呼ぶ.中年成人に好発する.組織学的には星細胞の特徴を示す腫瘍細胞からなり,細胞密度,核の多形性,クロマチン量が増加しており,核分裂像が散見される.間質には血管がよく発達し,血管内皮の肥大,増殖がみられるが壊死や核の柵上配列を伴う壊死はみられない.
膠芽腫glioblastoma
脳実質に浸潤破壊性に増殖する腫瘍であり,退形成性が高度にみられるが少なくとも一部にastrocytomaの特徴が残されている腫瘍.Anaplastic astrocytomaとともにmalignant gliomaやhigh grade astrocytomaとも呼ぶ.中高年が好発年齢である.組織学的には腫瘍細胞密度は高く,多形性を示す.巨細胞の出現を伴う事もある.微小血管の増生micro vascular proliferationが著明で,しばしば腎糸球体様の構造glomerular structureを呈する.小さな壊死巣を取り囲むように細胞が配列するpseudopalisadingはglioblastomaに特徴的な所見とされている.
画像を見てみよう
脳梁にMRI T1Gdでring-enhanceされるmassを認める(a).
細胞を診てみよう
弱拡大では背景に網状物質を認めず,太い血管とその周囲に多数の細胞の増生を認める(c).血管は太さのみならず,紐を結んだような異形な構造と血管内皮細胞の増加を認める.それらを中心にグリア線維を伴う細胞の増生が観察される(d).強拡大では,個々の細胞は,核の立体感や核形不整を示し,細胞質のグリア線維が明瞭である.Giemsa染色でも同様である(e)(f).
組織を診てみよう
腫瘍細胞密度は高く多形性を示す.血管内皮細胞の増生を伴う血管を認める.細胞像と一致する像である(b).
診断ポイントをみてみよう
@細胞診断は比較的容易であるが,多彩な細胞像や壊死を伴う事があるので,常に転移性癌を鑑別において判定をする慎重さがほしい.A著者らの経験では,圧挫標本における血管の太さの異常はhigh-grade astrocytoma,転移性癌,悪性リンパ腫でみられる事もあるが,紐を結んだような構造は,圧挫標本におけるhigh-grade astrocytoma特にglioblastomaに特有な所見である.組織における腎糸球体様血管(glomerular structure)に相当すると考えている.
Case 4
High-grade astrocytoma.(写真5)

手術時の組織採取部位や細胞診用サンプリング部位の違いにより,細胞像が異なる事を知らなければいけない.
画像をみてみよう
右大脳半球にMRI T1Gdでring-enhanceされるmassとその周囲に浮腫を認める(a).
細胞を診てみよう
画像の腫瘍中心部(赤点)
暗赤褐色のcyst内容液が採取された(b).圧挫標本では,無構造物を伴う壊死がみられる(c).
MRI増強される部位(青点)
弱拡大では異常な血管を認める(d).血管周囲の強拡大では,背景に壊死物質を伴い円形〜楕円形の裸核状,核は立体感をもち,核形不整を示す腫瘍細胞を認める.腫瘍細胞の密度は高い.細胞質のグリア線維は壊死に混在し目立たないが,high grade astrocytoma腫瘍細胞主体の細胞像である(e).
腫瘍周囲(黄点)
背景は線維性の網状物質
2)と反応性アストロサイトと大型の腫瘍細胞がみられる.核形不整,顆粒状クロマチンを呈する.High grade astrocytomaの浸潤像である(g).
組織を診てみよう
MRI増強される部位(青点)
血管壁の肥厚を伴い,核濃染を示す細胞がその周囲に集族している(f).写真右上に壊死がみられる.細胞像(d)(e)と一致する像である.
腫瘍周囲(黄点)
線維性背景に反応性アストロサイトとともに核異型を伴うastrocyteを認める.細胞像(g)と一致した所見である(h).
診断ポイントをみてみよう
@浸潤性星細胞腫の浸潤像はShimizuら
2)により詳細に報告されている.ARing-enhanceの中心部が均一に黒く見える時は壊死が主体となる事が多い.B浸潤像の細胞診報告は,「脳実質を背景に,核異型の強いastrocyteを数個認める.High grade astrocytomaの腫瘍本体の周囲の像と考える.確定診断には更なる検体のsamplingが必要である.」となる.
Case 5
High-grade astrocytoma.(写真6)

手術時の組織採取部位や細胞診用サンプリング部位の違いにより,細胞像が異なる事を知らなければいけない.
画像を見てみよう
小脳テントに接するようにMRI T1Gdでring-enhance,中心部は濃淡のコントラストを有するmassが認められる.MRI T2では中心部と周囲に浮腫を認める(a).
細胞を診てみよう
画像の腫瘍中心部(赤点)
細い線維で構成された背景に楕円形細胞の密な増殖を認める.核は立体感をもち,核形不整を示す.細胞質はグリア線維を有し,high grade astrocytoma腫瘍細胞主体の細胞像である(b).また,別な部位では,線維性網状物質と小脳顆粒細胞を背景に異型細胞を認めhigh grade astrocytomaの周囲実質への浸潤の細胞像を認める(c)(d).
MRIで弱く増強される部位(青点)
線維性網状物質と小脳顆粒細胞を背景に異型細胞を伴うhigh grade astrocytoma浸潤領域の細胞像である(e)(f).また,別な部位では,網状物質を背景に小脳顆粒細胞,裸核状でクロマチン繊細な神経細胞を認め,反応性変化の細胞像である(g)(h).
診断ポイントをみてみよう
MRI T1Gdでring-enhanceされるmassの中心部に濃淡のコントラストが観察された場合,その部位から得られた細胞像は,腫瘍細胞のみで構成される像や浸潤像,壊死,反応性変化の像など多種多様な細胞像が得られる事が多い.そのため,細胞診断に対してはあらかじめ多種多様な細胞像を想定した心構えが大切である.
まとめ
 脳腫瘍における画像とgliomaについてまとめた.圧挫pap染色標本には,様々な細胞像が見られ,従来言われている腫瘍細胞のGlia線維の観察のみでは説明ができない細胞像がある.その像を理解するためのポイントとして圧挫pap染色標本における背景の所見があげられる.背景のライトグリーンに染色される網状物質(reticular-material)の形態変化は,脳実質の変化を反映しており,多くは組織像と大差のない情報が得られる事を知らなければいけない
2).将来の展望として,組織学的な見方が求められてくると考えられる.
文献
1 脳腫瘍取扱い規約(第2版)Kanehara-shyuppan.Tokyo,2002
2 Shimizu H,Mori O et al:Cytological interface of diffusely infiltrating astrocytoma and its marginal tissue,J Brain Tumor Pathology Vol22(22):59-74,2005
3 清水秀樹,森 修ら:術中迅速診断における浸潤星細胞腫の画像と細胞診(ワークショップ1).日臨細Vol.43,No.Suppl.2:p380,2004
4 清水秀樹,森 修ら:脳腫瘍圧挫標本における反応性変化の細胞像.日臨細Vol.45,No.Suppl:p245,2006
5 清水秀樹:脳腫瘍圧挫標本における神経網及び髄質成分の存在意義.日臨細Vol.42,No.Suppl.1:p219,2003
6 清水秀樹:脳腫瘍圧挫標本における脳実質の細胞像とその存在意義.日臨細Vol.42,No.Suppl.2:p493,2003
7 清水秀樹,森 修ら:浸潤性星細胞腫の細胞像 びまん性浸潤部を中心に(シンポジウム2).日臨細Vol.43,No.Suppl.1:p92,2004
8 Kobayashi S,Miki H,Ohmori M,et al Cytodiagnosis of brain tumors by squash method -comparative study of meningioma, neurilemmomas and astrocytomas (in Japanese)J jpn.soc.Clin.Cytology 28(3):378-383,1989
9 三枝順子 清水秀樹ら 脳腫瘍圧挫細胞診における核所見の検討 Glia系腫瘍について.日臨細 Vol.37,No.Suppl.1:p197,1998
10 清水秀樹 脳腫瘍圧挫細胞診における核所見の検討 Glia系腫瘍以外について.日臨細Vol.37,No.Suppl.1:p197,1998

写真1  代表的な画像の表現と画像
(a)MRI T1 Gd meningioma 膨張性発育.硬膜に接し脳実質の圧排を認める.
(b)MRI T1 Gd high-grade astrocytoma 浸潤性発育.Ring-enhanceを示す腫瘍.
(c)MRI T1 Gd high-grade astrocytoma ring-enhance周囲のやや暗い部位は浮腫である.
(d)MRI T2 high-grade astrocytoma (c)と同一症例 脳実質の浮腫の範囲が白くみえる.中央部は脳脊髄液である.

写真2 Case 1.Pilocytic astrocytoma.
(a)(b)MRI T1 Gd (c)HE x200 (d)Pap x100
(e)(f)Pap x400 Rosenthal fiber (Arrow)








写真3 Case 2. Low-grade astrocytoma.
(a)MRI T1 Gd (b)MRI T2 (c)HE x100
(d)線維性背景 Pap x200 (e)腫瘍細胞主体 Pap x400
(f)浸潤像 Pap x400
写真4 Case 3. High-grade astrocytoma.
(a)MRI T1 Gd (b)HE x100 (c)Pap x100
(d)異常血管 Pap x200 (e)腫瘍細胞 Pap x400
(f)Giemsa x400

写真5 Case 4.High-grade astrocytoma
(a)MRI T1 Gd.(b)(c)MRI中心部(
red)から
得られた内容物と細胞像.(d)(e)(f)MRI enhance
部分(
blue)腫瘍細胞主体.
(g)(h)MRI enhance周囲部分(yellow).
浸潤像 (c)(d)Pap x100.(e)(g)Pap x400.
(f)HE x100.(h)HE x400.T:Tumor cell
写真6 Case 5.High-grade astrocytoma
(a)MRI (b)(c)(d)MRI中心部(red)
 (b)腫瘍細胞主体 (c)(d)浸潤像 (e)(f)(g)(h)MRIで弱く増強される部位(blue)
(e)(f)浸潤像 (g)(h)正常 (c)(e)(g)Pap
x100.(b)(d)(f)(h)Pap x400.
 N:Neuron, T:Tumor cell

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みて見て診よう!
超音波で消化管を,
みて,見て,診よう(1)
旭中央病院中央検査科
関 根 智 紀 ・ 朝 田  寛

【はじめに】
 「みて,見て,診よう」,この言葉は声に出せば同じであるが,文字で拝見する限り奥深い意味の違いが感じられる.
 今回,「超音波で消化管を,みて,見て,診よう」というタイトルのもと,これまで超音波検査が最も苦手とする消化管領域に目を向けて,これら言葉の持つ意味の違いも含めて考えてみたい.
【“みて”超音波検査で消化管をみるとは】
1.消化管をみてみると
 消化管とは,消化器系のなかでも食道から肛門に至るまでの管腔臓器であり,上部消化管と小腸および下部消化管に大別される.消化管の観察は,これまで内視鏡検査やX線造影法と決め付けられていたが,最近では超音波検査も日常検査に導入され始めている.
「超音波検査で消化管をみる」とは,消化管の解剖図(図1)や他画像診断法からの情報・知識をもとに超音波検査(図2)を進め,画像の記録をする程度と考える.なお,内視鏡検査も超音波検査も消化管を観察することでは同じだが,内視鏡検査は粘膜面から水平方向への観察であり,超音波検査は断層面で壁内外の状態と動きのある消化管が実時間で観察できるという点で異なる情報を提供する.
【“見て”超音波検査で消化管を見るとは】
 「超音波検査で消化管を見る」とは,より良好な画像を得るために超音波装置を調整する,走査を工夫する,観察する項目の把握,壁の計測を行なう段階と考える.これらは,消化管を見るものであって診る前の段階である.
1.消化管を見る超音波装置の調整
 消化管を見るためには超音波装置にある数多くのスイッチ(図3)を調整して見やすい画像作りが必要になる.例えば,ゲインの調整は必要最小値とし,ダイナミックレンジはやや狭め,エッジエンハンスはやや高め,病変部の観察は画面サイズを拡大するなど良好な消化管像を見るためのポイントがある.また,腹部一般の観察はコンベックス型探触子が1本あれば観察が可能であるが,消化管を見るには高周波リニア探触子が無ければ情報量の多い検査が進められない.
2.消化管を見る圧迫・追跡走査法
 消化管を見ていくには,圧迫走査法と追跡走査法を使い分ける必要がある.圧迫走査法は病変部の存在部位がある程度明確なとき,追跡走査法は病変部の存在が不明で長く伸びる消化管を内腔のガス像を指標にたどりながら見るときに効果があり,病変部と非病変部の連続性を見るにも有効である.
3.消化管を見る観察項目
 超音波で消化管を見ていくが,そのとき何を見るのか,その観察項目(表1)を提示する.
1.消化管の径の拡張
2.消化管壁の肥厚
3.消化管の異常な部位(その連続性/スキップ性)
4.消化管壁の層構造の変化(明瞭/不明瞭/消失)
5.消化管壁の各層のエコーレベルの変化
6.消化管壁の隆起と陥凹
7.消化管壁の肥厚部の伸展性と硬さ
8.消化管の内腔径の拡張/狭小化
9.消化管の腫瘤形成像
10.消化管の内容物の性状
11.消化管の内容物のうっ滞
12.消化管ガスの有無と偏在性
13.消化管の蠕動運動の有無
14.消化管の麻痺の状態
15.消化管の壁外圧迫による変化
16.消化管への血流情報
表1 超音波で消化管を見る観察項目

4.消化管の計測
 消化管を見るには,壁の厚みを数値として算出する必要がある.消化管壁の5層構造を理解して粘膜面から漿膜側までの壁厚の計測,また各層の変化を見る必要がある.(図4)
5.便の性状と超音波像
 消化管を見ていると内容物も描出される.そのエコーパターンから水様便,泥状便,固形便を識別できる.便の性状を見ることは,次の消化管を診るという段階で重要な情報になる.
【“診よう”超音波検査で消化管を診ようとは】
 「超音波検査で消化管を診よう」とは,消化管をみて(解剖図や他画像診断法からの情報・知識をもとに超音波検査が施行されて画像が記録される),次の段階として消化管を見て(より良好な画像を得るために超音波装置の調整,走査法,観察する項目,壁厚の計測),さらに腹部理学所見・血液生化学検査など多くの情報を加え超音波検査が消化管疾患を捉え診る判読の段階である.判読はパターン認識法を取り入れている施設が少なくないが,大切なことは病態生理からの“診る”という判読である.
1.超音波検査の前に腹痛を診る
 消化管の疾患は,一般的に痛みを伴うものが多く,腹痛はその性状から内臓痛,体性痛,関連痛に大別される.
 内臓痛の原因は,管腔臓器の平滑筋の収縮と拡張および伸展などである.痛みの部位は腹部中心線上に対称性で,圧痛点は不明瞭で,うずく鈍痛や間欠的かつ周期的に反復する疝痛である.体性痛の原因は,壁側腹膜,腸間膜,小網,横隔膜などへの炎症や牽引などである.痛みの部位は限局していて持続的なことが多く,圧痛点は明瞭で,鋭い痛みである.
 腹痛の患者を目の前にしたら,バイタルサインのチェックと全身状態として患者の体位,顔貌,全身の皮膚をみることが必要である.患者の体位として,腹痛が強く身体の位置や姿勢をあまり変換できないような場合は消化管の穿孔や急性腹膜炎を考慮し,逆に痛みが強く動く場合は胆石症や尿路結石なども考える.顔貌では痛みによる苦痛,冷汗,蒼白,チアノーゼなどがチェックされ,全身の皮膚では黄疸,貧血,脱水などもわかる.病歴では,年齢と性別により特徴的な疾患が疑われるし,既往歴では繰り返す疾患も診断情報として重要となり,現病歴は腹痛を分析していくうえで目の前の大切な情報になる.腹部理学所見は,視診として腹部膨満,隆起,手術瘢痕,ヘルニア嵌頓などの情報が得られ,触診では圧痛として腹膜刺激所見の有無までが得られる.
2.症例を診よう
症例1.肥厚性幽門狭窄症(図5,6)
「みる」患者は生後21日,女性.ミルクの摂取のたびに嘔吐がみられ噴水状に吐くと言い,体重の増加不良があり痩せている.
「見る」超音波検査ではミルクを吐くことから幽門部を見ることにした.コンベックス型探触子では幽門部の詳細が見にくいため高周波リニア型探触子に切り替えた.すると幽門部の壁に肥厚が見られた.
「診る」乳児がミルクを嘔吐するとき考える疾患は,肥厚性幽門狭窄症と食道胃逆流症である.前者は嘔吐の仕方が噴水状であり幽門部に病変がみられ,後者はミルクを漏れるように吐き食道胃接合部に病変のある異なる疾患である.本症例では噴水状に吐くことから幽門部の観察を進めた.本疾患は,超音波で筋層の数ミリの変化を捉えなければならず,高周波リニア型探触子を用いてさらに拡大する手法による観察を進めた.肥厚した幽門部の変化を超音波像のbeak signとshoulder signとして捉えること,胃幽門部の直径と厚みおよび幽門管の長さ,具体的には胃壁の第4層となる筋層の肥厚を計測することである.さらに,超音波で胃内容物の十二指腸側への通過障害を観察・確認することで診断が可能となる.本疾患は乳児の嘔吐を来す代表的な疾患であるが,超音波で詳細まで診ることが可能な疾患でもある.
症例2.胃潰瘍の穿孔(図7,8)
「みる」患者は42歳,男性.突然の上腹部痛により救急外来を受診する.既往歴として胃潰瘍を繰り返していた.なお,痛みが強く前かがみのような姿勢をとり,腹部所見として板状硬と反跳痛がみられた.
「見る」超音波検査で胃壁に肥厚が見られた.また肝表面には強いエコーが出現して肝臓の描出が低下し,この強いエコーに多重エコーが伴ってみられた.
「診る」検査時の患者情報は,海老のように前かがみになっていることと板状硬と反跳痛(腹膜刺激徴候)である.超音波検査では,胃壁に肥厚が見られ注意深い観察をすると低エコーを呈する肥厚部には壁を貫通するかのような外側へ伸びる強いエコーも見られた.本症例を診るには,既往歴としての胃潰瘍,突然の疼痛,患者の姿勢は痛みが強くて前かがみであり,考え合わせれば消化管穿孔である.もう一度,超音波像を診てみると,低エコーを呈する胃壁の肥厚部分は浮腫性変化であり,突き刺さる様な強いエコーは胃粘膜側から漿膜側へ伸びる潰瘍の穿孔部である.穿孔した場合は,胃内のガスが穿孔部を通って腹腔内に流出するため,腹腔内には遊離ガス(free air)がみられる.この遊離ガスは肝表面でみられるので,超音波検査で消化管病変(胃)の穿孔を診断することが可能である.なお,胃穿孔は潰瘍に限らず胃癌でも生じるので注意する.
症例3.胃アニサキス症(図9,10)
「みる」患者は38歳,女性.心窩部痛で来院,食歴を問うと前日にイワシの酢漬けを摂取していた.
「見る」超音波検査では心窩部痛でもあり胃を見ると胃壁の肥厚が見られ,その壁に細い2本線が断片的に見られた.
「診る」生魚の摂取後にみられる心窩部痛では胃壁に肥厚を見たら胃アニサキス症を考える.本症例では,胃壁の肥厚は主体が粘膜下層であり,アニサキス幼虫が胃壁に刺入し即時型過敏反応を生じていると考えた.本疾患を診るには,臨床所見として生魚の摂取の有無が重要であるが,同時に胃壁に見られるアニサキス幼虫を捉えて証明しなければならない.アニサキス幼虫の超音波像は細いチューブ様の2本線である.しかし,虫体は体幅が0.5〜1.0mmほどしかなく,また多くの場合はとぐろを巻いている.このため,高周波リニア型探触子を用いてさらに拡大した手法による観察でも虫体は断片的な部分としてしか描出されないことに注意する.なお,本疾患は胃では生食3〜8時間後,腸管は2〜4日後に腹痛を生じることが多く,寄生部位が腸管なら腸閉塞を伴うことも多い.
症例4.好酸球性胃腸炎(図11)
「みる」患者は14歳,男性.最近,腹痛と膨満感ならびに下痢などを生じて内科を受診する.血液検査(表2)が施行され好酸球値が50.5%みられた.

 血算と白血球分画
WBC -------13700 /μl
RBC -----541×104 /μl
Hb ---------16.0 g/dl
Ht ---------48.4 %
Ht ---------48.4 %
PLT ------24×104 /μl
好中球------31.8 %
リンパ球----14.2 %
単 球-------2.7 %
好塩基球-----0.8 %
好酸球------50.5 %


   生化学
CRP -----0.17 mg/dl
TP -------6.5 g/dl
ALB ------4.3 g/dl
TTT ------3.2 単位
ZTT --------7 単位
GOT -------24 IU/l
GPT -------26 IU/l
LDH ------208 IU/l
ALP ------106 IU/l
LAP -------44 IU/l
CHE ------230 IU/l
UN --------10 mg/dl
CRE ------0.9 mg/dl
表2 血液生化学検査の成績

「見る」超音波検査では小腸の軽度拡張とKerckring襞の浮腫,さらに十二指腸の壁にも肥厚が見られた.
「診る」超音波検査では,Kerckring襞に浮腫が生じていることに不自然さを感じ,次に十二指腸への観察になって同じように壁の肥厚から,その病態に気づくことが少なくない.本疾患は末梢血好酸球増多に消化管への好酸球浸潤を伴い,十二指腸と小腸をはじめ全消化管に病変がみられる稀な疾患である.Kerckring襞の浮腫は特徴的であり,超音波検査ではこの変化に気づくかどうかが診るポイントである.
症例5.腸閉塞(図12,13)
「みる」A・B症例とも,腹痛と腹部膨満感,そして排便排ガスがなく,腸閉塞と診断されている.
「見る」超音波検査でも,A・B症例とも腸管の拡張が見られる腸閉塞である.A症例では腸管の拡張のほかにケルクリング襞そして内容の活発な動きが見られた.B症例では逆にケルクリング襞がはっきりせず蠕動運動の低下と内容の動きが悪く見られた.
「診る」一般的に超音波による腸閉塞の診断は容易である.しかし,超音波で腸閉塞を診るということは,その状態の把握,そして手術の適応となる絞扼性の有無である.絞扼性の腸閉塞(B症例)を診るのは容易ではなく,腸閉塞の診断に加えて,ケルクリング襞の崩壊,腸管に動きが無いことに注意する.
症例6.虚血性腸炎(図14,15)
「みる」患者は48歳,女性.普段から便秘症のある中年女性であり,急な腹痛と血便をみたので受診する.
「見る」超音波検査による消化管スクリーニング検査が施行された.異常な所見としては下行結腸に壁の肥厚が見られたが,他の結腸には異常を指摘できなかった.
「診る」血便があると消化管疾患を疑うが,もう少し背景となる情報を組み合わせてみると(中年女性の便秘で急な腹痛と血便)絞り込まれた消化管疾患が浮上(虚血性腸炎)してくる.本疾患は,可逆性の血行障害に起因した急性虚血性変化からなる大腸炎である.ただ,主幹動脈の閉塞となる腸間膜動脈閉塞症と異なり,主として結腸動脈末梢枝の粘膜下層や粘膜固有層の細血管レベルにおける急性虚血性循環障害を生じた区域性病変である.このような本疾患の病態生理から超音波検査を診るように進めていけば,区域性病変ならどの結腸区域に病変が存在するか,粘膜と粘膜下層の境界像(不明瞭化),壁肥厚の主体が粘膜下層かどうか,など診るための情報が豊富となる.なお,超音波検査で病変区域の範囲およびその病態の程度を提供できれば,その後の内視鏡検査が容易となり,さらに経過観察にも超音波が用いられる.超音波検査は本疾患に対してこのような診るポイントのもと進めることが大切である.
症例7.偽膜性大腸炎(図16,17)
「みる」患者は81歳,女性.腹痛と血便および腹部膨満感がみられ抗菌薬が投与されていたために偽膜性大腸炎が疑われた.
「見る」超音波検査では,異常な所見としては下行結腸に壁の肥厚が見られた.
「診る」高齢者で抗菌薬が投与されていて,下痢・血便そして高度な消化管壁の肥厚などが見られたら偽膜性大腸炎が疑われる.超音波検査の施行前に情報をどれだけ把握できるかが検査を左右する.本症例の診るポイントは,前情報と腸管壁の肥厚を確実に見ること,さらに粘膜層表面に偽膜形成の凹凸な高エコーを観察することである.
【まとめ】
 「みて,見て,診よう」について,超音波検査が最も苦手とする消化管領域に目を向けて,これら言葉の持つ意味の違いも含めて考えてみた.超音波検査の流れの中で奥深い意味の違いが感じられたが,「みてが軽く,診ようが重い」ではなく,これら3つの言葉が組み合わされて超音波検査が進められているようにも思われた.

図1 消化管の解剖図 図2 超音波検査
図3 超音波装置の調整機能
@第1層 高エコー 内腔と粘
 膜表面の境界エコー
A第2層 低エコー 粘膜筋板
 を含む粘膜層
B第3層 高エコー 粘膜下層
C第4層 低エコー 固有筋層
D第5層 高エコー 漿膜と周
 囲組織の境界エコー
  図4 超音波検査による胃壁の構造
図5 肥厚性幽門狭窄症の超音波像
図6 肥厚性幽門狭窄症の診断基準 図7 胃潰瘍(穿孔)の超音波像
図8 腹腔内遊離ガスの超音波像.
図9 胃アニサキス症の超音波像 図10 胃アニサキス症の内視鏡像 図11 好酸球性胃腸炎の超音波像
図12 腸閉塞の超音波像 図13 腸閉塞(絞扼性)の超音波像 図14 虚血性腸炎の超音波像
図15 虚血性腸炎の内視鏡像 図16 偽膜性大腸炎の超音波像 図17 偽膜性大腸炎の内視鏡像

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研  究
NSTにおける栄養評価項目の検討
旭中央病院 中央検査科
日 色 順 子   中 嶋 宏 介   石 毛 久 恵   布 施 義 也
土 井 裕 一   高 木 正 義   高 橋 英 則

NST・アルブミン・プレアルブミン・コリンエステラーゼ・総リンパ球数

1.はじめに
 わが国は世界に類を見ないスピードで高齢社会化が進んでいる.その中で高齢者の栄養状態の把握が重要な課題とされ,川口等は60歳以上の5人に1人は低栄養状態にあり,低栄養が故にそれに起因する合併症や介護度の増加が国家財政を脅かしており,栄養不良状態にある市民を如何に的確に拾い上げ,効率よく改善させることが医療現場に求められていると報告している
(1)
 当院では入院患者の栄養不良による感染症などの合併症を早期に発見し改善治療をする目的で栄養サポートチーム(以下NST)を平成16年4月に発足させた.栄養評価指標にアルブミン(以下Alb)を用い,全入院患者を対象に血中Alb3.0g/dl以下の患者を抽出して,各病棟に該当患者一覧表により報告し栄養評価および栄養管理の必要性の判定,適切な栄養管理計画の指導と提言を行っている.
 今回,我々は中央検査科のNSTへの関わりからAlbと他の栄養指標項目との関連や,病棟における問診との関連,NST介入による栄養改善効果について検討したので報告する.
2.NST活動における中央検査科の関わり
 病棟NSTリンクナースは,患者入院時に主観的栄養評価(以下SGA)を実施している.中央検査科では,隔週に全入院患者を対象に血中Alb3.0g/dl以下の患者を抽出し各病棟へ患者一覧表を作成し提供している.リンクナースは患者一覧表をもとに,再度,当該患者にSGAを行い,栄養状態に問題があると思われる患者について担当医と協議し,必要に応じてNSTによる回診依頼を行い評価と治療に関する助言を得るようにしている.この回診にNST担当臨床検査技師も同行している.
3.対象と方法
【対象患者】2007年5月〜8月の間にNSTが介入し、栄養改善療法が実施された30名(男性15名,女性15名).年齢は47歳〜93歳(平均年齢 71.9歳),NST介入日数4〜98日(平均介入期間16.2日).
【栄養アセスメント項目】入院患者の栄養アセスメントにAlbを使用している.NST介入時には,プレアルブミン(半減期2日)、総コレステロール(以下T-CHO),コリンエステラーゼ(以下CHE),細胞性免疫能のチェックとして総リンパ球数,炎症マーカーとしてCRPを用いた
(2)
【検討項目】@NST介入期間における各指標項目の変化 AAlbと他項目との相関 BNST介入前後における項目値の変化について検討した.
4.結果
@各栄養指標項目の変化;NSTが介入し栄養改善を試みNST回診依頼が終了するまでの期間において,各項目の測定値の推移を,患者個々の測定値の平均値と標準偏差値から変動係数を求め,変化率として検討した.Alb9.1%,T-CHO13.3%,CHE15.1%,プレアルブミン24.8%であった.Albと比較しプレアルブミン,T-CHOでは大きく変化していた.(表1)
AAlbと他項目との相関の検討;Albと他項目との相関の検討ではプレアルブミン・相関係数0.67 回帰式y=6.42x−4.83(図1),CHE・相関係数0.64回帰式y=66.7x−54.94(図2),T-CHO・相関係数0.56 回帰式y=49.2x−0.61(図3)と正の相関が認められた.CRP・相関係数0.30 回帰式y=−3.05x+12.45(図4)と負の相関が認められた.総リンパ球数・相関係数0.11 回帰式y=1.82x+961.65(図5)と相関は認めなかった.
BNST介入前後における項目値の変化;NST依頼前の栄養投与ルートが末梢,経管,経口を使った経腸栄養の患者群と静脈栄養のみの患者群について,各栄養指標項目を比較検討した.AlbやT-CHO,CHE,プレアルブミンでは有意な差は認められなかった.総リンパ球数は依頼時,経腸栄養群は1,373個/μlに対し,静脈栄養群は745個/μlと有意に低値であった.その後,NSTが介入し,再度,基礎代謝量を算出し,ストレス係数と活動係数を乗じた必要カロリーを見直し,静脈栄養のみだった患者群に患者個々に適した経腸栄養も同時に提案し,実施した.栄養改善に伴い,総リンパ球数は1,077個/μlと増加した.(図6)
 NST介入により栄養改善が認められた患者群で介入前後におけるAlbと各指標項目の比較では,Albの変化に比べ,プレアルブミン,(図7)CHE,T-CHOが上昇している患者が多く認められた.(図8)CRPと総リンパ球数の変化ではCRPは概ねの患者は減少したのに対し,総リンパ球数は増加していた.(図9)このことは栄養改善に伴い炎症反応が抑えられものと推測される.
5.考察
 入院患者の栄養状態の評価には問診や病歴,体重の変化などの身体的状況からの主観的評価と,筋肉量や皮下脂肪などの身体計測とともに臨床検査データによる客観的評価が行われる.今回,NSTが介入し回診依頼が終了するまでの期間において,各項目の測定値の変化はAlb9.1%,T-CHO13.3%,CHE15.1%,プレアルブミン24.8%となっていた.この結果はNSTの介入による栄養改善指標として半減期の短いマーカーは短期間の蛋白合成能の評価に,比較的長期間の経過観察にはAlbを使用するとする多くの報告と一致するものと考えている.当院では栄養改善評価の指標としてのプレアルブミン測定値解釈の補助として炎症マーカーであるCRPを用いている.プレアルブミンは炎症などにより低下することが知られており,その低下の理由が低栄養状態によるものか,炎症に起因するものかの判断の一助にしている(3).今回の検討結果でAlbとCRPの間には負の相関が認められプレアルブミンも上昇していることが明らかになり栄養状態の改善とともに炎症なども改善されることが示唆された.
 当院は一次救急から三次救急まで対応する救急救命センターを併設しており,絶えず急性重症患者が入院してくる為,患者個々にNSTが直接的に関与することは困難である.客観的評価指標としての生化学検査データは最も簡便で有用な情報を提供することが可能であり,NSTの一員として臨床検査技師の役割は,より多くのスタッフに栄養に関する関心を持ってもらえるよう臨床検査データのグラフ化,各評価項目測定値のスコア化による相対的栄養評価を構築し,早期に低栄養患者を把握できる方法の検討
(4),NSTの回診に同行し情報収集することにより臨床検査室側から提供する情報の妥当性などの検討など多くの課題がある(5)
6.結語
 当院NSTにおける栄養指標項目について検討した.NSTが介入し,回診終了するまでの期間において,各項目の測定値の変化はAlb9.1%,T-CHO13.3%,CHE15.1%,プレアルブミン24.8%となっていた.NSTの介入によりAlbと各指標項目の変化の検討では,Albの変化に比べ,プレアルブミン,CHE,T-CHOの上昇,栄養状態が改善に伴いCRPの低下,総リンパ球数の増加が認められた.
文献
1 川口 恵,東口志:NSTと医療経済効果 Medical Technology Vol.33 No.8 1264-1268
2 鵜池由美ほか:病態と関連した栄養サポートチーム(NST)測定項目の評価 医学検査 Vol.56 No.2 2007
3 亀子光明,青木義政:検査技師が知っておきたい栄養指標 Medical Technology Vol.30 No.8 917-920
4 Dra B.Gonzalez:6,424人の患者における栄養不良と死亡率,再入院率,在院日数との関係 臨床栄養Vol.103 No6,7 2003
5 坂本芳美,岡 美和子:病棟検査技師としてのNST(栄養サポートチーム)への取り組み 機器・試薬28(2) 2005

表1 各栄養評価項目の変動率
図1 アルブミンとプレアルブミンの関連性
図2 アルブミンとコリンエステラーゼとの関連性
図3 アルブミンと総コレステロールの関連性
図4 アルブミンとCRPとの関連性
図5 アルブミンと総リンパ球数との関連性
図6 経腸栄養と静脈栄養の総リンパ球数の比較

図7 NST介入前後の項目値の変化
(アルブミン・プレアルブミン)

図8 NST介入前後の項目値の変化
(コリンエステラーゼ・総コレステロール)

図9 NST介入前後の項目値の変化
(CRP・総リンパ球数)


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研  究
喀痰の緊急塗抹検査の試みとその有用性

千葉市立海浜病院 臨床検査科
静 野 健 一    牧 野  巧
山 田 房 子    郡  美 夫

<要旨>
 微生物検査において,喀痰の塗抹検査は,起炎菌の有無や患者の臨床状態を推測することのできる極めて有用な検査法である.今回我々は,通常の検査依頼とは別に塗抹検査を迅速検査として実施することで,臨床側により貢献する検査体制作りを目指した.その結果,喀痰の迅速塗抹依頼件数は開始当初に比べ増加し,1年後には依頼率は50%を超えるようになった.
 また,2007年3月から11月の間に小児科から提出された656例の喀痰を対象に,塗抹検査から推定した菌種と培養結果の相関について検討した.塗抹陽性例(塗抹検査で菌種を推定し報告した例)は360例(55%)あり,推定菌種と培養結果が完全に一致した例が60.8%,複数菌感染における一部一致例は30.3%であった.また,不一致例が8.9%に認められた.一方,塗抹陰性例(有意菌を認めない)における培養との一致率は57.1%であり,不一致例が42.9%に認められた.塗抹陰性例における不一致例の74.5%は,培養で(1+)程度の発育菌数であった.
 推定菌種と培養との一致率(ある菌種を推定しその菌種が培養でも分離される)は,H.influenzae 84.1%,S.pneumoniae 91.8%,M.catarrhalis 85.6%であった.
 また,臨床医に行ったアンケート調査では,今後もこの検査体制を継続してほしいという意見が得られた.
<はじめに>
 感染症はその殆どが急性疾患であり,迅速な診断と治療が必要とされる.しかし,培養を中心とした検査方法では最終報告までに2〜3日を要し,検査結果が診断と治療の後追いになる場合も多い.一方,喀痰などで行われる塗抹検査は迅速診断としての有用性が認められており
1),我々も緊急塗抹検査を日常検査に導入し実施してきた.そこで今回,緊急塗抹検査の意義について,喀痰を中心に導入後の細菌学的評価を行うと同時に,医師へのアンケート調査を実施し,臨床側が迅速塗抹検査結果をどのように利用,評価しているのか調査を行った.
<方法>
 2006年9月より,細菌検査依頼伝票の項目に,通常の塗抹検査とは別に緊急塗抹検査依頼項目欄を新たに設けた.喀痰は滅菌生理食塩水による洗浄操作を行い,採取時の常在菌による汚染の影響を減らした後,塗抹検査と培養検査に用いた
2).標本は主にグラム染色を行い,Geckler分類により喀痰の品質評価を行うとともに,推定菌種や炎症所見の有無などの鏡検結果を30分以内に臨床側に報告した.2007年11月までの間に実施した塗抹結果と培養結果の一致率を評価するとともに,今回の試みについて臨床医(9名)に無記名によるアンケート調査を実施し,意見をまとめた.
1.洗浄喀痰塗抹・培養法
 図1に示すように,滅菌生理食塩水による洗浄操作を行った後,塗抹標本を作製した.すなわち,@滅菌シャーレの底面4分の3程度に拡がる程度に滅菌生理食塩水を入れる,Aシャーレのふたの部分に喀痰を移す,B膿性部分を白金線で少量採取し,滅菌生理食塩水中で激しく洗浄する,C洗浄した喀痰の少片を採取し培養と塗抹検査に用いた.

図1 滅菌生理食塩水による喀痰の洗浄方法
<結果>
1)緊急塗抹検査依頼件数の推移

 2006年9月から2007年11月における緊急塗抹検査の依頼件数をまとめた(表1).導入当初,小児科において20%台であった依頼率は外来患者,入院患者ともに最終的に60%前後まで増加しており,迅速塗抹検査の意義が臨床側に理解されたものと思われた.一方で小児科以外の診療科からの依頼率は非常に少ない結果であった.
2)塗抹検査と培養検査との相関
 2007年3月から2007年11月の間に,Geckler分類4,5群に評価された小児科患者の喀痰656例での塗抹結果と培養結果との相関についてまとめた(表2).塗抹検査で「塗抹陰性(有意菌を認めず)」と臨床側に伝えた症例の中で,培養検査で常在菌のみであった一致例は57.1%であった.また,「塗抹陽性」として推定菌を報告した症例の中で,複数・単独菌種に関わらずその内容と培養検査が完全に一致したのは60.8%であった.複数菌種の推定を行い一部のみ培養陽性,または推定した菌種以外の菌種も培養で陽性となった症例など,一部一致した症例は30.3%であった.
3)塗抹検査での見逃し例
 塗抹検査で陰性でありながら,培養において,小児科での細菌性呼吸器感染症の主要な原因菌であるHaemophilus influenzae,Streptococcus pneumoniae,Moraxella catarrhalisが発育した235例についてその内容を検討した(表3).塗抹検査での見逃し例の74.5%は発育菌量が(1+)程度であったが,培養で(2+)以上検出された例が25.6%認められた.

表1 2006.9〜2007.11における緊急塗抹検査依頼件数の推移(喀痰)
表2 塗抹検査結果と培養検査結果との相関
表3 塗抹検査での見逃し例における菌量
4)塗抹推定菌種の培養検査での一致率
 2007年3月から2007年11月において,Geckler分類4,5群に評価された小児科患者の喀痰455例の塗抹検査において,小児呼吸器感染症の主要原因菌となる3菌種について,培養検査での一致率をまとめた(表4).3菌種ともに高い一致率を認め,中でも莢膜を有するなど特徴的な所見を示すS.pneumoniaeが最も高い一致率を示した.
表4 推定菌種の培養結果一致率
表5 小児科臨床医アンケート調査@
表6 小児科臨床医アンケート調査A
5)臨床医へのアンケート調査
 当院での小児科医に対し,今回の緊急塗抹検査の試みについてアンケート調査を実施した(表5,6).2006年12月に実施した際には,全員から「今後も行ってほしい」との意見があげられた.また,「報告までの時間がさらに短縮されるとよい」との意見もあった.2008年1月に実施した際には,診療にどのように活用しているかという質問を設けたところ,「下気道感染症の診断,抗菌薬の開始基準として」といった意見や,「保護者へ抗菌薬を投与しない場合の説明理由として(塗抹検査で有意菌が認められない場合)」などの回答があった.また,この時のアンケートの今後の要望・意見でも,ほとんどの医師が今後も検査の継続を希望し,また,「千葉県全体に広げてほしい」といった意見などもあげられた.
<考察>
 2006年9月から2007年11月にかけ,小児科における緊急塗抹検査の依頼件数は着実に増えてきており,迅速塗抹検査の意義が理解されてきていると思われた.一方で小児科以外の診療科からの依頼は非常に少なく,今後あらためて迅速塗抹検査の意義を啓蒙する必要があると思われた.
 塗抹検査と培養検査との相関をまとめたところ,塗抹陰性・陽性のそれぞれの例で,一致率をより高めていく必要があると思われた.結果の不一致の原因としては,塗抹検査用と培養検査用に喀痰の粘性部分を採取する際に喀痰上で菌の存在に偏りがある場合や,抗菌薬の前投薬が行われていた場合の影響などが予想される.また,今回の塗抹検査の実施者経験年数は,30年以上の者がいる一方で1年程度の者が2名いた.今後より経験を積んで技術を向上させることで,精度を上げていく必要があると思われた.
 推定菌種の一致率(特異度)は80%以上の高いものであったが,鏡検時の見逃し例もある程度確認された.見逃し例を培養での発育菌量により分類したところ,そのほとんどは(1+)と少量であった.塗抹検査で菌を認めるためには検体中にある程度の菌量が必要であることから,これらは塗抹検査の検出限界以下であったことが予想される
3).一方で,培養で(2+),(3+)程度認められた例に関しては,担当者の技術的な見逃しである可能性が高いため,今後技術の向上により不一致例を減らしていくことが求められる.
 臨床医(小児科)のアンケート調査からは,緊急塗抹検査が臨床の場に活用され,非常に重要視されていることが確認できた.抗菌薬の投与の有無やその内容にも影響を及ぼす検査であることをあらためて認識し,より精度の高い結果報告を目指すべきであると感じた.また,今後も統計データを適時まとめて臨床側に報告することで,塗抹検査の有用性と限界を伝え,この検査体制をより有効に利用してもらいたいと感じた.
<引用文献>
1) 石和田俊彦,郡美夫,杉本和夫ほか:小児科外来での下気道感染症患児に対する洗浄喀痰塗抹グラム染色の臨床的有用性について.日本小児科学会雑誌100:24-30,1996.
2) 上原すゞ子,黒木春郎ほか:小児の喀痰.臨床と微生物27(3):255-260,2000.
3) 郡美夫:グラム染色標本の見方.臨床と微生物31:492-496,2004.

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研  究
Helicobacter pylori除菌により
改善が認められた鉄欠乏性貧血の一例
千葉県済生会習志野病院検査科
赤 間 陽 太    丸 山 英 行    吉 崎 英 清

Key words:H.pylori,鉄欠乏性貧血,IDA

J.はじめに
 Helicobacter pylori(H.pylori)は胃粘膜局所に強い免疫反応を惹起し,種々の炎症性サイトカインや抗胃粘膜細胞自己抗体の産生を介して胃潰瘍,十二指腸潰瘍や胃癌といった消化器疾患に深く関与していると考えられている.
1)近年,鉄欠乏性貧血(IDA)や特発性血小板減少性紫斑病(ITP),胃MALT(mucosa associated lymphoid tissue)リンパ腫,その他自己免疫性疾患,血管系疾患などの関与が報告されている.1)〜6)
 H.pylori陽性のIDA患者が除菌により改善され,除菌療法の有用性が報告されているが,多くは鉄剤投与による治療が併用されるため,除菌のみでIDAが改善されたという証明には乏しい.今回,IDAを再燃した患者に,患者の同意のもと鉄剤を投与せず,除菌療法のみを行った結果,IDAの改善が認められた症例について報告する.
表1 検 査 デ ー タ
K.症例
患者:18歳,男性 身長183cm 体重70kg
主訴:立ちくらみ,息切れ
病歴:1998年10月,14歳時に近医でIDAと診断され,鉄剤投与によりヘモグロビン(Hb)14.1g/dl,血清鉄252 g/dl,フェリチン20ng/mlと一過性に血清鉄は上昇するがフェリチンとして鉄が貯蔵されないという状態が続いた.治療を2年以上続けたが鉄剤依存状態から脱却できず,当院血液内科に紹介受診となった.
臨床経過:2001年7月,当院受診時は鉄剤投与を一時中止していたため,平均赤血球容積(MCV)は85.8flとほぼ正常であったが,Hb13.3g/dl,血清鉄63 g/dl,とやや低値を示しており,貯蔵鉄であるフェリチンは4ng/mlと低値であった(表1).同年12月,Hbは9.7g/dlと低値を示し,主治医が鉄剤依存状態はH.pylori感染による菌自体の鉄消費が一因ではないかと疑い,尿素呼気試験を実施したところH.pyloriの感染を確認した.このため鉄剤投与に加え除菌療法を併用し治療を行った.2002年3月にH.pylori陰性を確認後,Hb15.1g/dl,MCV84.4fl,血清鉄102 g/dlと改善したため鉄剤投与を中止した.その後Hb,MCV,血清鉄は安定しこの時点でIDAは一応の改善を認めた.
 2006年7月,21歳時に以前と同様の貧血症状を自覚したため当院に再受診した.Hb9.7g/dl,MCV71.1fl,血清鉄14 g/dlと再び低値を示し,IDAの再燃と診断された.前回の経験から便中ピロリ抗原検査を実施したところ陽性となり,H.pyloriの再感染を確認した.患者はすでに小児期を脱していたため,成人における消化管出血性疾患も考慮し,便中ヘモグロビン検査を実施したが下部消化管出血は認められなかった.そのため,H.pyloriの再感染がIDA再燃の要因であると考えられ,除菌のためランサップ800を一週間内服,今回は患者の同意を得たうえで鉄剤を投与せずに経過観察とすることとした.同年8月H.pylori抗原陰性後,Hb,MCV,血清鉄は除々に上昇を認め貧血症状は改善された.2008年1月現在,再燃は認めていない.図1,2,3にHb,MCV,血清鉄の各検査値の推移とH.pylori除菌のタイミングを示す.
図1 ヘモグロビン(Hb)の推移
図2 平均赤血球容積(MCV)の推移
図3 血清鉄(Fe)の推移
L.検査および治療
 H.pylori確認検査に初診時は尿素呼気試験(大塚製薬),再診時は便中抗原検査であるテストメイトラッピドピロリ抗原(BD)を用いて確認した.
 除菌薬は抗菌薬であるクラリスロマイシン(CAM),アモキシシリン(AMPC)とプロトンポンプインヒビターであるランソプラゾール(LPZ)がセットになっているランサップ800(武田薬品工業)を使用した.胃の壁細胞には水素イオンを放出,カリウムイオンを取り込むプロトンポンプと呼ばれる酵素が存在する.この酵素をランソプラゾールが阻害することにより胃酸の分泌を低下させ,胃のpHを上昇させることでクラリスロマイシン及びアモキシシリンの抗菌活性を高める効果があるとされている.
M.考察
 H.pylori感染によるIDA発生機序には,鉄の吸収障害と菌自体の鉄消費が考えられている.鉄の吸収には胃酸やアスコルビン酸が必須だが,H.pylori感染によりびまん性体部胃炎,さらに体部萎縮性胃炎へと進展すると,胃酸分泌の低下を伴い低酸状態となり,鉄の吸収が障害される.
2)7)鉄は細菌にとって必須の成長因子であり,H.pyloriは鉄の欠乏時にヒトラクトフェリン結合蛋白を菌外膜表面に発現し,それを介し胃粘膜表面に分布するラクトフェリンから鉄を取り込むことが実験データに基づいて示されている.2)7)また,H.pyloriの世代交代は非常に早く,死滅した菌はすみやかに便中へ排泄され,その際,菌に吸収された鉄も体外へ失われる.2)
 前述の理由から本症例は,発症時14歳の小児期で,鉄需要が増大する成長期にH.pyloriと鉄を奪い合う結果,生体の鉄不足がIDAを惹起したと考えられた.
3)成人の場合は胃潰瘍や十二指腸潰瘍などの潰瘍性消化器疾患,胃がん,大腸がんなどの悪性腫瘍による出血など,さまざまな因子が貧血の原因と成り得るため,単純にH.pylori感染との因果関係を論じられない.小児の場合は成人と比べて潰瘍や腫瘍などの出血性消化器疾患は極めて少ない.そのため,小児ではH.pylori除菌によるIDAの改善が如実に反映するものと考えられ,H.pylori除菌によるIDAの改善報告が小児期に多いものと思われる.通常,IDAにおいては症状の急速な改善を図るため,H.pylori感染が一因と考えられる症例においても除菌療法と鉄剤投与が併用される.そのため除菌の効果によりIDAが改善したか否かの証明が難しい.初診時,17歳時には鉄剤との併用ではあったが,除菌を契機に鉄剤依存状態から脱却できたことが,H.pylori感染との因果関係を示唆するものであり,再燃時には除菌療法単独で改善が認められ,H.pylori感染とIDAとの因果関係を証明できた症例であると思われた.
 H.pylori感染は他にも胃上皮のLewis抗原とH.pylori菌体抗原の類似性のため,感染によって抗胃粘膜抗体が産生される可能性など,H.pyloriによる胃粘膜障害に自己免疫機序が関与しているとの指摘もなされている.
1)8)またITPにおいても,血小板減少の原因として,H.pylori感染によって産生された抗H.pylori抗体が血小板膜に存在する抗原を認識して血小板に結合する可能性や,非特異的に免疫系が活性化され,抗血小板抗体が産生される可能性などが提唱されており,H.pylori除菌により血小板数の改善が認められた症例が多数報告されている.1)3)5)9)
 この他にも多数の疾患との関与が挙げられており,弱毒菌であるH.pyloriも慢性的な胃炎を通じて,全身の免疫系,血管系に多大な影響を及ぼして,多臓器疾患を惹起するとの報告もあるがエビデンスが不十分なものも多い.
3)しかしIDAやITPなどにおいてはH.pylori除菌により治癒した報告が年々されてきている.このようなことからH.pylori感染がこれらの疾患に関与している可能性は十分にあると思われ,原因不明の鉄剤不応性あるいは鉄剤依存性の難治性IDAやITPなどの疾患ではH.pylori感染を考慮し,感染が確認された場合は積極的な除菌療法も視野に入れる必要があると思われる.
文献
1) 幸田久平,新津洋司郎:Helicobacter pylori感染症とITPの関連.Nippon Rinsho Vol.61 No4 644-649 2003-4
2) 今野武津子ほか:Helicobacter pylori胃炎によると考えられる鉄欠乏性貧血.日本小児血液学会雑誌 vol.17 no.5 352-357 2003-10.
3) 大草敏史ほか:突発性血小板減少性紫斑病を含めた全身疾患に対するHelicobacter pylori除菌の最近の話題.Helicobacter Research vol.6 no.3 215-219 2002
4) 中山佳子ほか:Helicobacter pyloriと小児科領域の疾患.Helicobacter Research vol.7 no.4 356-360 2003.
5) 日野雅之ほか:ITPとHelicobacter pylori.血液・腫瘍科 45(6)536-541 2002.
6) 福田能啓ほか:Helicobacter pylori感染診断と除菌判定. Helicobacter Research vol.7 no.3 218-226 2001
7) 今野武津子:Helicobacter pylori感染と貧血.Helicobacter Research vol.3 no.2 135-140 1999.
8) 幸田久平ほか:Helicobacter pylori除菌後に突発性血小板紫斑病の寛解を認めた1例.Helicobacter Research vol.5 no.1 71-73 2001
9) 浅海 昇ほか:Helicobacter pyloriの薬剤感受性を確認後,二次除菌に成功し血小板の増加を認めた難治性特発性血小板減少性紫斑病.臨床血液 44:7 480-482

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資  料
生命倫理と臨床検査技師
Bioethics and Medical Technologist
千葉県臨床検査技師会々員
加 藤 恵 一

【key words】 生命倫理,バイオエシックス,ELSI,パターナリズム,生命倫理教育

はじめに
 今日,発展して来た科学技術が様々なアクセス型式の元,社会に貢献し,我々はその恩恵を享受する生活様式となっている.だがこれと同時にELSI(Ethical,Legal,and Social Issues)と呼称される倫理的,法的,社会的な問題がライフサイエンスの各分野で生じていることも見逃すことは出来ない.言い換えれば革新的技術,情報の先行に翻弄されている感があると言えるのではないだろうか.医学の領域においても技術の進歩と共に遺伝子診断,臓器移植,生殖補助医療あるいは通常の医療行為の中でもインフォームド・コンセント,守秘義務,優性思想など多岐にわたる倫理的問題が生じている.しかし,臨床検査技師が実際の現場で直接,生命倫理問題に関して議論する場面はそう多くはない.今後は業務の専門化や拡大に伴い法的な責任への波及も含めて臨床検査技師という従来の立場からの視点に加え,多様な価値観をふまえた生命倫理観を熟成させておく必要があると思われる.本稿では生命倫理の変遷及び生命倫理と臨床検査技師の関わりについて記述した.
表−1.生命倫理に関する主な事柄・著作等(主に米国)
1947年
1948年
1949年
1954年
1964年
1966年
1967年
1968年

1969年
1970年
1971年
1972年
1973年



1974年
1975年
1976年
1978年


1979年
1981年


1982年

1986年
1988年
1990年


1994年
2000年

「ニュルンベルク綱領」
「ジュネーブ宣言」(世界医師会,1968年修正)
医療倫理国際綱領(世界医師会)
フレッチャー「道徳と医療」(人間の諸権利に言及)
「ヘルシンキ宣言」(1975年,東京における世界医師会にて修正)
ビーチャー「倫理学と臨床研究」(人体実験の告発)
バーナードによる世界初の心臓移植(南アフリカ)
「モンデール公聴会」(モンデール上院議員による生物科学などの広範囲にわたる規制)
ハーバード大学の脳死判定基準(不可逆的昏睡の定義)
ヘイスティング・センター設立
ポッター「バイオエシックス・生き残りの科学」
ケネディ研究所設立
タスキギー事件報道(ニューヨーク・タイムズの記事)
中絶児実験報道(ワシントン・ポスト,NIHのヒト発生学発達研究部門に関する記事)
「患者の権利章典」(アメリカ病院協会)
ロウ対ウエイド判決による中絶の実質的容認.2007年に米連邦最高裁判決で「中絶一部禁
止法」を合憲とする判決
「国家研究法」(ニクソン,生物医学・行動科学を対象とする法律)
カレン・クラインの尊厳死(人工呼吸装置をはずす是非を問う治療停止をめぐる問題)
ブロディ「医療における倫理的決定」(ケーススタディ重視の概説書)
ビーチャム「ベルモント・レポート,生物医学および行動科学研究における被験者保護の
ための国家委員会報告」
ライク「生命倫理百科事典」
ビーチャム,チルドレス「生命医学倫理の諸原則」(第3版,1989年)
「リスボン宣言」(世界医師会1995年修正)
ヴィーチ「医療倫理の理論」(原理原則からのバイオエシックス)
ペレグリーノ,トマスマ「医療実践の哲学的基礎」(具体的実践の中での判断)
ジョンスン,シーグラー,ウィンスレイド「臨床倫理学」(医学的適応,患者の意向,
QOL,周囲の状況,の4つの観点に着目)
米国大統領委員会レポート「医療における意思決定」(インフォームド・コンセント)
エンゲルハート「バイオエシックスの基礎づけ」(原理原則主義)
ベィビーM事件結審(代理母が依頼主に子供の引渡しを拒否)
クラウザ−,ガート「原則主義の批判」(原則論の関係が明示されておらず解決に至らな
いと批判)
N・クルーザン判決「延命治療の停止」尊厳死の権利
オレゴン州尊厳死法「メジャー16」成立(住民投票での成立)
「ヘルシンキ宣言」大幅書き替え(世界医師会第52回エディンバラ大会)


1.生命倫理の変遷
 そもそも倫理とは一般的に社会や共同体の中の規律やルールであり,「倫」は仲間,「理」は道理・ことわり・道筋のことで「倫理」は社会で従うべき規範,理法のことである.
1),2)倫理学からみれば生命倫理は,環境倫理,技術倫理,ビジネス倫理などと共に「応用倫理学」の一分野である.3)また,生命倫理学には「生命の尊厳(SOL;sanctity of life)」を基本とする伝統的な倫理学と「生命の質(QOL;quality of life)」に主眼をおくものがある.4)これは人がどのような状態になろうとも生命の倫理的価値を生命それ自体,尊厳を持つ神聖性を考慮するものと人間の人格(person)を構成している理性,感情が不可逆的に喪失した状態ではなく認知能力の獲得,あるいは維持している場合であるとするパーソン論に通ずる生命の質からの言及がある.医療従事者が医療倫理・生命倫理を考える時,パターナリズムを象徴するものとも言われている「ヒポクラテスの誓い」にその原点を見出すことができる.そこには患者の利益を守り,医療の実施に際して公平・公正を遵守するといった無危害原則・恩恵原則・正義原則に加え守秘義務が記述されている.
 バイオエシックス(生命倫理)という用語はアメリカのウィスコンシン大学のV.R.ポッターによって作られたものともケネディ倫理研究所の設立に先立ち,A.ヘレガースが作った造語とも言われている.1970年V.R.ポッターは「Bioethics,the Science of Survival」(バイオエックス,生き残りの科学)という論文の中でバイオエシックスという言葉を使用している.5)この論文は環境問題と人口過剰について生態学を基礎とした倫理的価値の評価に関するものであった.現在言うところの生命倫理を専門とした研究機関としては1969年にニューヨークのヘイスティングセンター,1971年にはワシントンD.C.のジョージ・タウン大学に前述したバイオエシックス・センターケネディー研究所が設立されている.このように当時のアメリカで医療倫理・生命倫理が必要不可欠と考えられるに至った背景には6)1966年ビーチャーの「倫理学と臨床研究」の中で報告されているようにNIH(National Institutes of Health,国立衛生研究所)の援助する研究費が大学医学部を中心として増大し研究至上主義と重なり非倫理的研究が増加したことの内部よりの警鐘や60年代より始まった女性解放運動及び人種差別解放運動や強力な公民権運動などの世相を反映した社会意識の変化あるいは65年に制度化されたメディケイド,メディケアの医療制度など医療に対して従来のただ受けるだけの医療から自己の意思決定による医療への変化を求め,「ヒポクラテスの誓い」以来の原則論であった医師を父親に患者を子供に見立て,医師は患者にとって何が良いかを患者ではなく医師が決定するというパターナリズム(paternalism)からの脱却が消費者運動と共に広まっていった.またこのような権利意識の高揚とは別に統計的に60年代から70年代にかけて日本を含めた北アメリカ,ヨーロッパの先進国といわれる国では出生率が減少し,かつ乳児死亡率の低下が顕著となり人の生死の状況が変貌したことによる生命観の変化7)が生命倫理の議論を加速させていったことが推察される.1978年には,T.ビーチャムが「生物医学および行動科学研究における被験者保護のための国家委員会報告書」(ベルモント・レポート)の中で,自律尊重原則,善行原則,正義原則を記述している.翌年T.ビーチャム,J.チルドレスは上記の三原則に「生命医学倫理の諸原則」において無危害原則を加えた四原則を示し,当時の医療倫理問題にアド・ホックに対応していた場面での統一的な理論的基礎を示唆した.8)また,生命倫理を考える上で,先の第二次世界大戦を避けて通ることは出来ない.優生思想からのホロコーストや非人道的な人体実験など人類史に暗い大きな影を落としている.これらからの反省により戦後の医療倫理の原点と言われ,医学的研究・臨床試験においては9)被験者の自発的同意が必要であることを条件としたニュルンベルグ倫理綱領が1947年に宣言された.1964年には被験者の自己決定権の確立が示されているヘルシンキ宣言が世界医師会により採択されている.患者の権利に関するものとしては1973年アメリカ病院協会の「患者の権利章典」,1975年にはヘルシンキ宣言の内容にインフォームド・コンセントの指針を付加した東京宣言,さらに1981年,尊厳死の権利を持つことを含めた患者の権利に関する「リスボン宣言」などが結実されていった.10)インフォームド・コンセントが確立するに至る経緯は戦時下での言語に絶する人体実験が最も大きな理由の一つであるが,これに加えて同様に当人への同意も明確な説明も無く行われた医療実験としてアメリカでのタスキギー事件が象徴的な事例として知られている.これはアメリカ公衆衛生局が1931年より40年間に渡って行われた梅毒に関する研究調査である.アラバマ州タスキギー市の梅毒に罹患していることを知らされていない主にアフリカ系米国人男性患者399名に対して梅毒の治療可能にもかかわらず,自然経過調査のため無治療のまま健常者群と比較対照したものであった.11)このことは1972年に公のものとなり,倫理上大きな問題提起となった.生命倫理の問題は,その出発点が欧米,特にアメリカからのものであり日本はその視点も追従型になっている.我が国においてパターナリズムの最も顕著な例としては当人の意思と無関係に優性保護法の名のもとに実施された医療ならびに断種手術が上げられる.現在,生命倫理・医療倫理が問題となるのは以前からあった安楽死,守秘義務などの問題に加え,新たな対応が必要となった脳死判定,インフォームド・コンセントさらには医療技術の進歩により生じて来た遺伝子診断,生殖補助医療,出生前診断(優性思想)などがある.このような診療場面で「患者の権利」,「自己決定権」という新たな考え方12)と共に多様化する価値観,生命観が様々な局面で倫理的問題として生じており,現場での細やかな対応が医療側に求められてきている.
2.臨床検査技師と生命倫理の関わり
 1958年7月に「衛生検査技師法」が施行された.13)この後,検査技術の進歩と社会的要請に伴って1970年に法改正が行われ,新たに「臨床検査技師,衛生検査技師等に関する法律」と名称が変更され,生理検査と検査の為の採血業務が許可された臨床検査技師が制定された.その後,改正が繰り返されて現在に至っている.臨床検査技師の業務も本来の検査室から発展し,糖尿病療養指導士,治験コーディネーターなどへの参画,さらには栄養サポート,感染制御,嚥下訓練や褥瘡管理などのチーム医療への積極的参加により客観的データを提供出来る立場にあり,14)これらと同時に検査技師会及び医学関係学会による各種認定制度も生まれている.臨床検査が倫理問題として関わる主なものとしては検査結果などの管理および守秘義務,あるいは検査を終了した残存検体の保存管理などであろう.検査終了検体の一部は研究・教育および機器の導入時に利用されてきた.近年では一検体から得られる情報量も多くなり使用する際の被験者からの文章による同意や提供者の連結可能・不可能匿名化など個人情報管理に関するものが上げられる.また,生殖補助医療に関しても臨床検査技師の進出が顕著である.15)エンブリオロジストの多くは臨床検査技師が担当している現状があり,検査技師としての特性を生かした体外受精医療チームの一員として16)臨床の場に何を提供できるかなど技術者としての崇高な倫理意識が必要となっている.この生殖補助医療の進歩は目覚ましいものがあり,このような医療技術の先行に対し社会的なコンセンサスが得られているかが常に問題となる.日本学術会議でも議論(生殖補助医療をめぐる諸問題に関する提言報告書において;代理出産を原則禁止して公的管理下の試行のみを認めるなど)が進められているが望んでいる人がいるから,本人たちが納得しているからと生殖技術は第三者の精子,卵子,胚の利用そして代理出産と広がりを見せている.中でもAID(artificial insemination with donor's semen,非配偶者間人工授精)は我が国では約60年前から行われており,年間約200名が誕生している.しかし,このAIDによって誕生した人達は匿名性の中で発言権を持たずにある時点で事実を知った場合,自己のアイデンティティーの喪失(自分が思い描いていた自分ではないなど)や精子提供者を知ることができないため意図しない近親婚の可能性や自分の遺伝情報がわからないなどの問題を抱えている.17)このように「技術」には常に「明暗」があり,出生前診断の優性思想や治療法が確立されていない遺伝子解析など福音とされる部分と同時に生じる可能性のある「影」の部分に思いを馳せることも技術者として必要なことであろう.日本医学検査学会での生命倫理・医療倫理に関する学会演題発表は殆どない.これは注目度が低いというのではなく,その様な倫理的問題に遭遇する機会が少ないためではないかと思われる.過去5年間の日本医学検査学会演題発表では直接,生命倫理・医療倫理をテーマとしたものはなく,検査部のリスクマネジメント,インシデントを扱ったもの,個人情報管理を採り上げたもの,生殖医療技術に関する発表などである.また,島田らは臨床検査学生の生命倫理教育に関して調査研究を実施しており,2008年度本学会においても学生の倫理意識の現状と過去の生命倫理問題の事例をあげ教育の試みと必要性を発表している.18),19)

3.生命倫理教育と臨床検査技師
表−2.日本臨床衛生検査技師会倫理綱領(1991年)
1.会員は、臨床検査の担い手として、国民の医療及び公衆衛生の向上に貢献する。
1.会員は、学術の研鑚に励み、高い専門性を維持することに努める。
1.会員は、適切な臨床検査情報の提供と管理に努め、人権の尊重に徹する。
1.会員は、医療人として、医療従事者相互の調和に努め、社会福祉に貢献する。
1.会員は、組織人として、会の発展と豊かな人間性の涵養に努め、国民の信望を高める。

 日本医師会を始めとしてコ・メディカルの各会には独自の倫理綱領がある.日本臨床衛生検査技師会の倫理綱領では,直接的に生命倫理という言葉は用いられていないが国民の医療,公衆衛生の向上,社会福祉に貢献し,高い専門性の維持,人権の尊重及び人間性の涵養に努めることが記述されている.医療技術が進歩するにつれて検査技師としての独自性が生じ,さらに検査技術・解析技術の向上から臨床検査の専門化,分担化が進められて来た.しかし,その技術の進化によって,ミクロ化した現象,病変(データ)に集中するあまり全体像の把握(検体を見て患者さんを診ない;病気を生きる患者さんへの眼差しなど)が希薄になっているという指摘もある.また,患者中心の医療が言われて久しいが,他のメディカルスタッフに比べて患者さんとの接点も少なく,システム化された検査業務の中で効率化の反面line-operationへの埋没の危惧もある.
 衛生検査技師法が成立以来,検査技師教育の修業年数も2年から3年制へ,短大から4年制学部へと移行し修士課程も設置されてきた.教育内容も従来の検査技師養成だけではなく職域を拡大するための授業対応がなされて来ている.2000年に制定された履修規則及び教育内容と教育目標の指導要領では,93単位以上の履修が義務づけられた.基礎分野の中では科学的思考の基盤と人間の生活が14単位であり科学的・論理的思考力を育て人間性を磨き養うことを教育目標として生命倫理観を育む履修も含まれると共に保健・医療・福祉に対応すべく自由度の高いカリキュラム構築が可能となった.20)しかし,それでも教育年数,授業時間の少なさなどからか国家試験合格に力点の置かれた教育が主となり,医療人として必要な人間教育の場面が充分でないとする意見もある.21)上原は,22)2007年日本生命倫理学会において生命観の変化と題して2004〜2007年にかけて医療系学生(臨床検査技師)と非医療系学生(栄養士,養護教諭)の生命観に関するアンケートを実施し専攻学生間での違いを示して多様化する価値観,生命観について教育の在り方を報告している.過去6年間の臨床検査技師国家試験問題を見ても生命倫理に関することをどのように国家試験問題に反映させるかなどの難しい面はあるが生命倫理・医療倫理に関する出題は少ない.その内容は,2003年に正誤問題でインフォームド・コンセント,延命治療,ホスピスに関するもの,2006年には医学の歴史を問う正誤問題のなかでギリシャの医聖ヒポクラテスのことが出題されている.2007年には個人情報管理の漏えい・防止の観点から電子カルテに関する問題が出されており,他には臨床検査技師の診療補助行為,業務範囲・実施可能業務を問うものが2003年から2006年にかけて数問出題されている.23)
4.考案
 1951年,日本医師会の「医師の倫理」に記載されている「患者のための医療」は,12)常に患者さんの治療を優先するものとしている.しかし,これは当時の医療側の価値観から考えられた患者さんに対してのものであった.現在の診療の場面では,あくまでもその主体は患者さんを中心とするものであり,このような考え方が文化的・宗教的相違を考慮した個人的価値観の尊重に結びついて来た.また,急速に発展した医療技術を含めたライフサイエンスは人々の生命に直接的,間接的にも関わる社会的問題となっており,生命倫理からの考察の重要性が叫ばれている.2007年11月に科学技術振興機構社会技術研究開発センター主催で「ライフサイエンスの倫理とガバナンス」をテーマにしたフォーラムが開催され,24)その中で科学技術の発展は有益であるが最先端技術は「ブラックボックス」化しており医療や生命科学の進歩は社会の価値観を揺るがすものとして,自然科学と人文・社会科学の専門家が協働・共通するプラットフォームを構築するためのネットワーク化や人材交流及び情報共有などを掲げたステートメント案が策定された.医学・生物学で使用されている実験動物に関しても生命倫理の観点から我が国では昭和48年に「動物の保護及び管理に関する法律」が制定されている.薬剤開発や臨床試験など多種に渡って使用されており動物の尊い犠牲によって現代の人間生活が支えられていると言っても過言ではない.動物実験に際しては動物福祉の面から実験者による適正な取り扱いが求められ基本的には3Rs(Reduction:削減,Refinement:精度向上,Replacement:代替)という考えが導入されている.25)(近年では,4つ目の“R”として実験者及び研究施設の明確な責任としてのResponsibilityが叫ばれている)これは供試動物数の削減,苦痛の排除・軽減に努めること,精度の高い実験の実施さらにはできるだけ動物を使用しない実験方法を選択することが望まれており実験としての妥当性が強く求められている.
 生命倫理には様々な理解,捉え方があり,一義的な定義はなされていないが,本質的には医療や生命科学における人間の行為を社会通念上の公平性や道徳観及び帰結主義,義務論,徳倫理や前述した四原則あるいは物語倫理論(narrative ethics:原則主義方法論を否定し,個人の具体的な状況を重視する)などの倫理原則・理論の見地から検討する学際的・体系的研究である.しかし,生命倫理と言うと特別な問題を想定しがちだが実際には日々の検査業務,患者さんへの対応などすべてに網羅されているのではないだろうか.日常の症例,検査業務に潜む問題に生命倫理的要素が含まれていないかなどを常に視座に入れておく必要があろう.現実的な対応としては生命倫理・医療倫理の事例や倫理原則・理論を参照に問題対処の考え方を学習すると共に,自らの感情,生命観,人生観に照らし合わせて問題を抽出することや我々が本来より持ち合わせている生命観と日々経験する生物学的な客観的生命現象とをどのように見つめ結びつけて考えていくかという試みが大切なのではないかと思われる.
おわりに
 本稿において生命倫理の変遷と生命倫理と臨床検査技師との関わりを記述した.今後の医療は技術的な問題と共に倫理的な側面が益々注目され臨床検査技師としての生命倫理的考察・立場を明確にしなければならないことが予想される.これらに対応するためにも学生時からの継続した生命倫理教育が不可欠であると思われる.また,医療の現場における生命倫理問題の一つには医療側と受診者間での医療知識の差やまだまだ残る医療側の過度な権限(患者さんの極端な医療側への委ねることも含めて)のシフトなどから由来するコミュニケーション不足によるものが多いことが推察される.このような事からも他の医療スタッフや臨床検査技師間での活発な生命倫理問題に関する日々の議論の必要性と研鑚が重要と考えられる.
文献
1) 濱井 修(監修),小寺 聡(編):倫理用語集,第1版,第3刷,26,山川出版社,2007
2) 赤林 朗(編):入門・医療倫理J,第1版,第1刷,3,勁草書房,2005
3) 清水正之:わが国における生命倫理,教育と医学,第50巻,第11号,11-18,2002
4) 今井道夫,香川知晶(編):バイオエシックス入門,第3版,第5刷,4-29,東信堂,2004
5) 星野一正:インフォームドコンセント,日本に馴染む六つの提言,第2刷,32-35,丸善ライブラリー,1998
6) 香川知晶:生命倫理の成立 人体実験・臓器移植・治療停止,第1版,第1刷,161-163,勁草書房,2000
7) 養老猛司,森岡正博:対論 脳と生命,ちくま学芸文庫,第2刷,116-117,筑摩書房
8) 水野俊誠,赤林 朗(編):入門・医療倫理J,第1版,第1刷,53-54,勁草書房,2005
9) 秋山秀樹:日本のインフォームド・コンセント,第2刷,68-69,講談社,1994
10) 星野一正:医療の倫理,第30刷,78-80,岩波新書,2005
11) 宮坂道夫:医療倫理学の方法,原則・手順・ナラティブ,第1版,17-29,医学書院,2005
12) 木村利人,星野一正(編):患者の権利とは何か−バイオエシックスと患者の権利の考え方−,生命倫理と医療,第1刷,32-36,丸善株式会社,1994
13) 日本衛生検査技師会編:衛生検査技師小史,日本衛生検査技師会ライブラリーL,43-46,社団法人日本衛生検査技師会,1973
14) 依藤史郎,岩谷良則:チーム医療,臨床検査,Vol.49,No.8,839-842,2005
15) 前田真知子:臨床エンブリオロジスト,医学検査,Vol.56,No.4,717,2007
16) 橋本和美,他:検査技師が携わる体外受精−エンブリオロジストとして 不妊コーディネーターとして−,千臨技会誌,通巻87号,25-27,2003
17) 非配偶者間人工授精で生まれた人の自助グループ主催講演会:生殖技術について今考えてほしいこと,講演会資料,2007年12月1日
18) 日本医学検査学会抄録集:第53巻〜第57巻,医学検査,2004年−2008年
19) 島田洋子,荒川恭子:臨床検査学生に対する生命倫理教育の試み,医学検査,Vol.57,No.4,751,2008
20) 林 正好:これからの臨床検査技師に望むこと,臨床検査,vol.49,No.8,875-877,2005
21) 三村邦裕:現在の教育カリキュラムと国家試験,臨床検査,Vol.49,No.8,825-833,2005
22) 上原真理子:生命観の変化−栄養士・養護教諭・臨床検査技師志望学生対象調査から(第2報)−第19回日本生命倫理学会年次大会抄録,67,2007
23) 「検査と技術」編集委員会編:臨床検査技師国家試験問題集,医学書院,2008年
24) 独立行政法人科学技術振興機構社会技術研究開発センター:第6回社会技術フォーラム,ライフサイエンスの倫理とガバナンス−社会と協働する科学技術を目指して−,資料,2007
25) 日本実験動物協会編:実験動物の基礎と技術,技術編,15-47,丸善株式会社,1991
参考資料
1) 日本学術会議ホームページ:生殖補助医療をめぐる諸問題に関する提言,平成20年4月16日
2) 厚生労働省ホームページ:第54回臨床検査技師国家試験問題・解答資料,医政局医事課試験免許室
(*文章中,構成上「患者」と敬称を略してある部分があります.)

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施設紹介
千 葉 西 総 合 病 院

 日本の道百選に選ばれた美しい桜通りがあり,団地発祥の地である松戸市常盤平,新京成常盤平駅から歩いて5分,緑の中に本日(6月16日)訪問する医療法人社団木下会千葉西総合病院がみえてきました.
千葉西総合病院 屋上より公園を望む

 千葉西総合病院は,『生命を安心して預けられる病院・健康と生活を守る病院』を理念として平成2年に開設され,病床数408床,現在は診療科目22,一日平均外来患者数1400名,一日平均入院患者数400名,全職員数940名,内検査部技師数31名で地域に開かれた病院を目指して頑張っています.特色としては循環器の患者が多く特に心臓外科は県内外からも受診する患者が多いということです.大動脈疾患など緊急時には,ヘリコプターで搬送されることもあり,現在は病院にヘリポートがないので,ちかくの21世紀の森と広場という大きな公園内にとめて,救急車で病院へ運ぶようにしているそうです.(3年後の新館建設時にはヘリポートと操縦士を自前で確保する予定です.)

 玄関を入ると右手に内科待合があり,その一角に採血室がありました.BCロボを使用し,看護師は朝8時30分から9時まで,採血専属のパート技師2名(時には3名)が9時から午後1時まで,200名から300名の採血をこなしているそうです.午後からは看護師が採血をします.さすがにお待たせしてクレームが付いたときは,新館建設まで待ってほしいとご理解をいただいているということでした.採血室の後のほうに検体運送用のエレベーターがあり,スピッツに分注された尿とともに2階の臨床検査室に運ばれるようになっています.技師のほかに,4名の事務員が雑用などをしてくれるので助かっているということでした.
 生理検査室は1階と2階にあり,各種エコー,心電図,脳波,肺機能,ホルター心電図,心カテ補助,健診などを14名のスタッフでおこなっています.仕事のある人や,検査のため食事を止められている入院患者さんのために,ホルター心電図,腹部エコーは技師自ら7時半から仕事を始めたということで頭がさがりました.検査数は,心エコーは1日平均40件(多いときは70件の日あり),腹部エコー,産科エコーは60件前後,心カテも14から15件という多忙な中で,全科の超音波検査士をもっているかたが2人いらっしゃるというのは,頼もしい限りです.

採血室 生理検査受付
心電図室 超音波室

 また,夜間の救急も多く当直のほかに,待機もあり,夜中のカテに入ったりすることもあるそうです.(ちなみに当直は2名体制で翌朝帰りです.)カテ室にははいれませんでしたが,世界第一号機64列マルチスライスCT(フィリップス社)をみせていただきました.高速で画像化できるので,動きのある心臓の血管の描出に最適で,ロータブレータ(高速回転ダイヤモンドドリル)で石灰部位を粉砕する治療などのスクリーニングに使用されています.
 臨床検査室は2階にあります.広いとはいえないワンルームの中に化学(オリンパス AU5400),免疫血清(ルミパルス PrestoK),輸血(AutoVue Innova),血液(XT-2000i,CA7000),一般(us-3100R,UF-100),がコンパクトに配置されていました.

64列マルチスライスCT オリンパス AU5400
左:尿沈渣 UF-100 右:尿定性 US-3100R 血液凝固 CA7000
血液ガス ABL725
 検査室の隅には先ほど1階でみた搬送エレベーターがあります.検体検査は9名(化学3,血液2,一般1,免疫・輸血3)で行っており,他の検査が忙しくなると声を掛け合ってカバーしているとのことで,これからの検査室のあり方を示しているようでした.

 循環器がメインになると,当然輸血検査も多くなります.危機的出血時には,医師との協議の結果,濃厚赤血球はO型を用いることにしており,ストックはA型O型各20単位,B型6単位でAB型はおいていないということです.血液の廃棄率は0.2〜0.3%とすばらしい成績です.仕事の忙しさよりも輸血療法委員会の準備のほうが大変でしたが,最近はドクターの出席率もよくなったということで,他部門との連携もしっかりとこなしている様子がよくわかりました.

Auto Vue Innova ルミパルス PrestoK

 病理検査室は技師5名で,常勤病理医は2名,鏡検室は仕切られており,ホルマリン濃度を下げるために,へやの切り出しの作業台にはラミナーテーブルがおかれていました.
病理検査室 ラミナーテーブル 病理検査室 自動染色機
 細菌検査は細菌塗沫とMRSAの検査以外はすべて外注にしています.

 朝は始業時間は8時30分ですが,8時から管理職の会議,8時20分から1階の食堂で全職員出席の朝礼,8時40分から検査部ミーティング,検査部内でも午前7時から午後3時半までや,午前11時30分から午後8時までのフレックスタイムを導入しているということです.
 少ない人数でいかに検査を効率よくこなしていくか,いくつものヒントをいただきました.お忙しい中,1階から屋上までフットワーク良くご紹介いただいた千島技師長はじめ検査部の方々に感謝いたします.

日帰り手術センタール
千島技師長と検査科の皆さん

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研究班紹介
細胞診検査研究班の紹介
千葉県こども病院 検査部病理科
有 田 茂 実 (Shigenari Arita)

 本年度より当研究班の班長を務めさせていただくことになりました有田(写真中央の紳士!!)です.本年度より当研究班の呼称が「細胞検査研究班」から「細胞診検査研究班」に変更になりました.これは診療報酬上の検査名である「細胞診」に合わせ,実際の活動を表した班名の使用が望ましいと考えたためです.新たに名前が変わった「細胞診検査研究班」,新班長,班員をどうぞよろしくお願いいたします.
 班員は10名で,平均年齢35歳と比較的若い方だと思います.「レモンか,はたまたライムの様な爽やかさ!?」が売りです.我が班は結束力が強いのが自慢です.村田,小山歴代班長らのサポート体制がしっかりしていることが,その理由の一つで,新任の私にとっては何より心強い存在です.
 主な事業としては,「病理検査研究班と協力し合同で研修会を企画・開催すること」と「精度管理事業」の2本柱です.前者は年3回の研修会を計画しており,病理・細胞診関連のトピックスを中心に青柳病理検査研究班班長と相談して進めています.後者は,標本作製部門とフォトサーベイ部門で構成され,いずれも準備に要する時間と労力は大変ですが,参加希望およそ50施設の会員に喜んでいただけるよう頑張っています.
 また対外的な活動として,日本臨床細胞学会千葉県支部会,千葉県細胞検査士会との橋渡し的な役割も担っております.
 研究発表をはじめ,千臨技学会,日臨技学会,日本臨床細胞学会および大小地方会・研修会への参加も活発に行っております.当研究班班員による近年の業績は,千臨技学会には平成17年度2演題,18年度3演題,19年度3演題,日臨技学会は昨年度2演題,また日本臨床細胞学会は昨年度2演題です.この他シンポジウム・講演なども積極的に行っております.
 余談になりますが,班員の共通点は皆お酒が大好きなことです.研修会後の懇親会は大切なコミュニケーションと考えております.これが結束力の強まる秘訣なのかもしれません.
 とにかく我々は今後ももっともっと色々なことにチャレンジし,エネルギッシュに活動したいと考えております.細胞診検査実務に携わる多くの会員にとって,「困ったときの相談窓口」と成るべくいっそう努力するとともに,千葉県における細胞診検査業務の技術・精度の向上と,千葉県臨床検査技師会の発展に僅かながら貢献できれば幸甚です.
平成20・21年度細胞診検査研究班委員
(左から,小山,渡邉,永澤,有田,時田,須藤,仙波,北村,村田,滝川)

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